リベラ・デル・ドゥエロ

Ribera del DueroRibera del Dueroというのは、スペイン語で、「ドゥエロ川の岸辺」という意味です。その名の通り、ドゥエロ川が流れるブルゴス県、バリャドリード県、ソリア県、セゴビア県一帯のワイン産地です。

この地域は、大陸性の気候で、葡萄が育つ夏の間は、熱く乾いた天気が続くため、病害にあう危険性が低いのが特徴です。また、夜間は気温が下がるため、葡萄は凝縮度を増し、そのおかげで、ミルクのような香りと深いコクと味わいを持った、独特の力強いワインが生まれます。まさに葡萄作りに適した気候なのですが、本格的なワイン作りをもたらしたのは、レコンキスタ(国土復権運動)の後、キリスト教の定着を推し進めるため、12世紀にフランスからやってきた修道士たちでした。

リベラ・デル・ドゥエロの認定をとるためには、テンプラニージョ種を75%以上使わなければなりません。また、 熟成期間によって、以下のようなカテゴリーに分けられています。


【ホベン もしくは、コセチャ】
樽熟成なし、もしくは樽熟成12ヶ月以下の赤ワインと、ロゼワイン全般

【クリアンサ】
樽熟成:最低12ヶ月、瓶熟成:残りの期間、合計:最低12ヶ月

【レセルバ】
樽熟成:最低12ヶ月、瓶熟成:残りの期間、合計:最低36ヶ月

【グラン・レセルバ】
樽熟成:最低24ヶ月、瓶熟成:最低36ヶ月、合計:最低60ヶ月



リベラ・デル・ドゥエロを代表するボデガ(ワイナリー)は、なんと言っても、100年以上にわたって、スペインを代表するワインとして、ウニコ(Vega Sicilia U'nico)を生み出してきたベガ・シシリア社(Bodegas y Vin~edos Vega Sicilia)でしょう。 20世紀初頭にベガ・シシリア社となる前は、ここの農園で作られたワインは、リオハに運んで熟成され、リオハのワインとして売られていました。

ウニコは、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、マルベックという外来種の葡萄を、テンプラニージョ種にブレンドし、6年半から7年の樽熟成、3年半から4年の瓶熟成と、出荷まで最低10年もの歳月を費やして作られます。さらに、葡萄の出来の良かった年にしかワインを生産しません。同じベガ・シシリア社による、バルブエナ(Valbuena 5゜ an~o)の場合は、もう少し熟成期間が短く、5年めに出荷が可能になるので、"5゜" (キント・アニョ:5年めの意味)」と呼ばれています。

1991年には、新しい顧客の開拓を求めて、アリオン社(Bodegas y Vin~edos Alio'n)が作られました。アリオンは、テンプラニージョ種100%から作られ、ウニコやバルブエナとは違うスタイルを持っています。

毎年5月末に、リベラ・デル・ドゥエロのワイン展示会が開かれるのですが、このバルブエナとアリオンは、今年、70社近く参加していたボデガの中でも、格別に美味しく、実力の違いを見せつけられた思いがしました。

ベガ・シシリア社では、30年以上、マリアノ・ガルシア氏が醸造責任者を務めてきました。その間、彼が、自分のボデガであるマウロ社(Bodegas Mauro)を手伝っていたのは、長年、公然の秘密として容認されていましたが、1998年にベガ・シシリア社を辞め、マウロ社の活動に専念し始めました。ベガ・シシリアのウニコに対抗できる高級ワインを目指して、テレウス(Te'rreus)の生産を開始し、トロ地区には、新しくマウロ・トロ(Bodegas y Vin~edos Mauro Toro)を作り、そこでは、サン・ロマン(San Roma'n)を生産しています。また、マウロ社と同じトゥデラ・デ・ドゥエロ村にある、Leda社にも協力しています。



もうひとつ、リベラ・デル・ドゥエロの名前を世界的に有名にしたワインに、ペスケラ(Tinto Pesquera)があります。アレハンドロ・フェルナンデス・ティント・ペスケラ社(Alejandro Ferna'ndez-Tinto Pesquera)は、テンプラニージョ種にこだわり、1982年にリベラ・デル・ドゥエロの原産地呼称が誕生したとき、カベルネ・ソーヴィニヨンなどの外来種を認定品種とすることに反対したそうです。「シャトー・ペトリュスが熟成すると、まるでテンプラニージョのような個性となる。(Vinothe'que 1998年9月号から引用)」という発言からも、彼の自信が窺えます。

ペスケラ社は、1993年にコンダド・デ・アサ社(Bodegas Condado de Haza)を作り、コンダド・デ・アサ(Condado de Haza)とアレンサ(Alenza)というワインを生産しています。アレンサは、10年は軽く保存できるワインとして、スペイン国内を中心に販売されています。 昨年、アレンサ '95を飲む機会がありましたが、赤ワインというよりは、黒ワイン。飲むというよりは、食べる、という感じの非常に濃いもので、どちらかというと10年後に飲むべきだった、と個人的に思いました。

ところで、20年間、醸造責任者としてペスケラを作り出してきたテオフィロ・レジェス氏も独立して、自分のボデガ、ボデガス・レジェス(Bodegas Reyes)を1994年に作りました。レジェス氏と、彼のボデガで話をしたことがあるのですが、「ペスケラ時代は給料をもらっていなかったんだよ。」とびっくりするようなことを言っていました。全くもらっていない、ということもないのでしょうが、一代で名声を築き上げ、さらに事業を拡大しているフェルナンデス氏の事業欲を感じさせる逸話かもしれません。

レジェス氏のワインは、リベラ・デル・ドゥエロの伝統的な味、という高い評価を受けていますが、 現在は、国外からの投資も含めて、新しいボデガが増えたこともあり、ボルドーなどから新技術が導入されて、伝統的なリベラ・デル・ドゥエロのやり方から、一歩進んだワイン作りも注目されています。




その新しい動きの中心にいるのが、ボルドー大学で醸造を学び、シャトーで修行していたところをスカウトされた、ベルギー人のピーター・シセック氏です。彼は、1990年に設立されたアシエンダ・モナステリオ社(Bodegas Hacienda Monasterio)の支配人兼醸造責任者であり、かのロバート・パーカー氏がスペインワインで初めて100点をつけたことでも有名になったピングス(Pingus)を作っています。このピングス社(Dominio de Pingus)は彼自身のボデガで、クリアンサというカテゴリーにも関わらず、長年、リベラ・デル・ドゥエロで最高級とされてきたグラン・レセルバであるウニコの3倍から4倍という高値にて、市場で取引されています。しかも、スペイン国内の店頭で見かけることは滅多になく、市場に出る前に、全て予約が入っているという話もあります。

また、長年、ベガ・シシリア社に葡萄を卸していたクアドラド家も、自らのボデガ、エルマノス・クアドラド社(Bodegas Hermanos Cuadrado)を作ろうと決断したときに、シセック氏にワイン作りを任せた結果、「リベラで最も優美なワイン」と評されたビジャクレセス(Villacreces)が誕生しました。

これらのワインは、同じカテゴリーの他のものに比べて、非常に値段が高いのですが、高品質のものを少量作る、国外マーケットに重点をおく、という方法で、その入手困難さから「幻のワイン」的なイメージ作りに成功し、日本をはじめ、スペイン国外を中心に大変な人気を誇っています。「スーパー・スパニッシュワイン」という言葉も、シセック氏の関わるワインを中心に有名になりました。



とはいえ、今年、東京で開かれた国際的なワイン展示会でも、リベラ・デル・ドゥエロは、ブースを確保できなかったそうです。バルセロナなどと違って内陸にあるため、輸出には交通事情が不利、ということもあるのでしょうが、産地統制委員会の宣伝下手にも原因があるのかもしれません。「リベラを飲んで、初めてテンプラニージョの良さがわかった。」とおっしゃる方もいます。お店で、リベラ・デル・ドゥエロの名前をみかけたら、是非、一度お試しください。




【引用文献】Vinothe'que
【参考文献】Vinos de Espan~a,Anuario de los vinos de Espan~a 2000




ワインの話に戻る



トップに戻る

このページはFirefox3.0 と I.E.7にて動作確認されています。
e-mail address: info@arrobaspain.com
Copyright (c) 2000-2008@Spain all rights reserved.