| JOANのカタコト |
| 12.王様と私達 |
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何語においても「私達」を意味する単語が示す範囲は、その会話や文の状況によって変化します。だから 「あなたと私」という最小限の「私達」から、最大では「地球人類すべて」といった「私達」も存在します。 ここではカタルーニャ語圏においてカタルーニャ語メディアで使われる、「私達のクニ」「私達の文 化」「私達の言語」といった文脈での「私達」のことを述べています。 もちろんそういった「私達」は、ほとんどの場合カタルーニャ人と同義だといえますが、あえて「 私達」を意味するnosaltresを使うこ とによって、民族の内面的団結の確認をしているかのようです。と同時に「私達」ということばが、 スペインやスペイン人をさすケースは全くといっていいほど見られません。カタルーニャ語圏に限定 されたメディアでも、カスティージャ語を使用している場合のnosotrosはもう少し柔軟でしょうが、 カタルーニャ語メディアにおいてのnosaltresは、かなり厳しく「カタルーニャ語を使いカタルーニャ 人としての自覚を持つ我々」を特定しているのです。 さて一方の「王様」ですが、ここではスペイン国王フアン・カルロス1世のことです。日本でも スペイン好きには人気のあるこの人が、そういった「私達」にとって一体どういう存在なのかについて 、考えてみたいと思います。 先日、国王のスピーチをめぐって「私達」カタルーニャ人達が強く反発するということがありました。それはマドリードで行われたセルバンテス文学賞の式典において、彼が「カスティージャ語の普及してきた過程において、一度たりともこの言語が他に対して強制されたことはなかった」という主旨のスピーチをしたことに端を発しました。このスピーチは即興ではなく周到に準備された文章を読みあげたものだったのですが、本人の考えの発露ではなく、その催しに関係する学者や政治家のそれだったと考えられます。そしてそのスピーチの目的は他言語使用者への侮辱ではなく、あくまでセルバンテスの伝統を受け継ぐカスティージャ語の賛美にあったことはいうまでもありません。 けれども「私達」は黙っているわけにはいかず、カタルーニャ語のメディアを使って政治家や知識人が批判を開始しました。第一のポイントは歴史認識が事実と異なっていることです。南米の多くの国がカスティージャ語を使用するようになったのは、スペインが武力侵略によって原住民の言語・文化を破壊し尽くした結果なのだから、あたかもカスティージャ語が優れていたために原住民達に進んで受け入れられたかのような解釈はあまりに一方的であるという点。そして第二に、 スペイン国内の他言語使用地域に対し歴史上何回にもわたり カスティージャ語を強制する政策を採ってきた事実を認めないということは、現行スペイン憲法によってようやく保護されようとしている国内の他言語使用者に対しての繊細な配慮に欠けるという点でした。 これらの批判に対して、国王本人からは何のフォローもなく文化大臣や首相が代わりに弁明したのですが、基本的には議論は噛み合わず平行線でした。そして最後には「私達」の中で、「あの人は私達の国王ではなく、彼等の国王なのだから」と諦めの一言がつぶやかれました。 この場合の「彼等」とは、スペイン国籍をもち、カスティージャ語を使い、自分がスペイン人であることに何の疑いも持たない人達を意味しているのは、いうまでもないことです。 あまり知られていないことですが、国王はカタルーニャ語を使ったスピーチをこれまでに何度かしているのです。英語・フランス語・ポルトガル語などに堪能な彼も、カタルーニャ語の日常会話はだめのようで、紙に書かれた文章をまあそれなりの発音で読むことができるというのが事実に近いといえます。 70年代における王政復古は、長いフランコ独裁政権からの解放の方に力点があったせいか、若き日の国王はある意味で自由な時代の到来の象徴的存在と思われたのかもしれません。「私達」にとっても禁止されていた言語が再び使えるようになった喜びとともに、初めてバルセロナを訪れた国王が敢行したカタルーニャ語スピーチが、ある種の期待と共に暖かく迎えられたのは当然のことでした。市民戦争で失われた共和国を取り戻すことはできなかったものの、「私達」の権利回復の過程で国王の存在は必ずしもマイナス要因とは考えられなかったようです。この時期の彼は「私達」の国王ではなくとも、理解のある「みんなの」国王だったのかもしれません。 しかしながら「私達」のその期待は、しだいに裏切られていきました。国王のカタルーニャ語は上達するどころか使用の機会はどんどん減っていき、保守党PP政権の誕生の後はカタルーニャ等の他言語使用地域に対する配慮はほとんど見られなくなりました。そして今回の「非強制」スピーチもその路線上にあるといえます。この時点で100%「彼等」の王様となってしまったのはいうまでもないことです。 さてここまで主としてカタルーニャ州を想定して書いて来たのですが、同じカタルーニャ語圏といってもバレアレスとバレンシア両州においては、このことに対して大きな違いがあります。バレアレスのマヨルカ島は市民戦争の時に共和国側に参加しなかった上に、王室が夏期休暇をすごす離宮があり、伝統的に親王室の保守的土壌があります。バレンシアは現政権下においては、その反カタルーニャ運動の反映で、親マドリード・親国王の方向が強く感じられます。ちょっと乱暴な簡略化ですが、国王と人々との距離を決定付けているのは、それぞれの地域の「わたしたち度」の違いではないかと考えます。 「わたしたち度」とは、住民の何%が広義カタルーニャ人としての「私達」を意識しているかを勝手に決めたものです。カタルーニャ州では50%あるいはそれ以上ではないかと思われ、バレアレス州では20%程度、バレンシア州では10%以下ではないかと想像されます。この「わたしたち度」と国王への親近感は、反比例しているように感じているのですが、これは全く科学的ではありません。 じゃあカタルーニャ州では、国王はひどい嫌われ者かというとそうでもないのです。この地でも何か重要な催しがある時には、必ずといっていいほどゲストとして王室のメンバーが招待されます。先日も世界的チェリストのパウ・カザルスの記念館が彼の生誕地にオープンし、国王はメインゲストとして臨席しただけではなく、何年かぶりにカタルーニャ語によるスピーチを披露しました。これは、例の「非強制」演説の後だったので、カタルーニャ州政府が強く依頼して実現した、 一種の贖罪スピーチ という側面もありました。 周囲からみると自由そうに見える国王の発言も、中央政府の息のかかった催しではスペイン中央集権的な方向が見受けられるのに対し、カタルーニャ州政府主催のそれでは、自治州におけることばや文化に配慮のあるところを大いに見せているのです。彼は一貫性のない人格なのでしょうか。結局のところ彼は政治的に大いに利用されているわけで、本人の望む望まざるには関係なく、それぞれの陣営の政治的メッセージの権威付けに貢献させられている姿が見て取れるのです。民族主義者主導のカタルーニャ州政府も、国王の威光は否定するよりも利用するほうが賢明と判断しているわけなのです。 スペイン王室はイギリスのそれのように超スキャンダラスではないものの、芸能雑誌の常連スター としての存在感も忘れてはなりません。「私達」にとっての王様の存在価値は、色々な意味でまだまだ捨てたものではありません。ちょっと皮肉なことですが。 |
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(脱ぐ男優) |
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