留学生活のぞき穴
第4回 5度目の引越し

 HOLA AMIGOS!
 もうグラナダの太陽は日に日に力をまし、日中は半そでで歩きたい、そんな季節になった。春があったのかな?と疑いたくなるほど、寒い冬からぽかぽかの夏のような気候へジャンプ。日本の春を思い浮かべると、ほんのり暖かい桜の季節が恋しくなる。さて、前回から4ヶ月も経ってしまった言い訳も含めて、今回のテーマはピソ(アパート)。

 年末年始で日本に一時帰国し、1月に新たな気分でグラナダへ戻った。日本からロンドン経由でマドリードへ、そして同日の深夜バスでグラナダへ。翌日の早朝、2日間の長旅でへとへとになりながら、グラナダのピソに着いた。1ヶ月近く部屋を空けてしまったので、何かあったら(物がなくなってたり)どうしよう、と内心ビクビクしていたが、家の様子に変わりはない。安心してシャワーを浴びて、大家さんに電話し、1月分の家賃をサロン(リビング)の机に置いて、学校へ出かけた。学校から帰ると、ピソをシェアしているスペイン人のラウラが起きて来た。そして、驚いたように「ヨウコ!」と言う。話を聞いてみると、私たちのピソは大変なことになっているらしい。

 私が一時帰国している間に、私の隣の部屋にいたオーストラリア人が無理やりピソから追い出された。彼は友だちを2週間近く居候させていたし、多少無責任なところがあったが、彼に対して大家夫婦が部屋に勝手に入り、怒鳴り、部屋のものを投げて「今すぐ出て行け!」と脅したらしい。

 そして、なんと私に900ユーロを請求しているらしい。900ユーロというと、日本円で約12万。普通に考えて、有り得ない金額だ。90ユーロの間違いかと思って、ラウラに聞き返したが、「900(novecientos)」と一文字ずつゆっくりと正しい発音で言われた。900という単語が頭の中で重く響いた。そして理由はというと、私の部屋の床の修理代。私の部屋は、木のフローリング柄の薄い板が貼り付けられているような床だった。そして一部分、その薄い板がしっかり床に接着してなく、浮き上がって来ていた。その部分の上を歩く度に、ペコペコと床が浮き上がって気持ち悪いなと前から思っていたが、そうなったのが自分のせいだとはみじんも思わなかった。

 大家の言い分としては、私が暖房を床に直接置いて使ったから、その熱で床の接着剤が溶け、その部分だけ浮き上がってしまっている、とのこと。そして、その修理代が900ユーロもかかる、と。でも、私はほとんど暖房を使わなかったし、使うときにその暖房を置いていた部分はなんともない。それに、その床がはがれてしまっている部分に暖房を置いたら、コードがコンセントまで届かないのだから、まったくもって責任の押し付けだ、と私は思う。

 ラウラからその話を聞いて、最初は強気だった。そんな不当な請求に応ずる必要はないし、自分でしっかり主張すれば、問題はないだろう、と。でも、話しを聞いていくうちに、例のオーストラリア人に対して大家が取った行動や、私への900ユーロ請求のために、ラウラともう1人のアメリカ人のバリーという男の子に何度も電話して、しつこく私がいつ帰ってくるかを聞きただしていたことを知った。1月7日に着き、着いた朝すぐに1月分の家賃200ユーロを払ってしまっていたから、1月いっぱいは我慢してそのピソに住んで、2月に引越ししよう。その時はそう考えた。

 その後数時間の睡眠を取って目が覚めたとき、ラウラが泣いていた。私が寝ている間に大家が来て、勝手に彼女の部屋に入り、部屋のものを取っていったらしい。そのもの自体がもともと大家のものだとしても、今現在家具付きでピソを借りているのは私たちなのだから、その家具を勝手に持ち出すのも、部屋に勝手に入るのもルール違反だ。そして、私の部屋のドアの内側に「○と△のピソの規則」と題された一枚の紙が張ってあった。(○と△は、大家夫婦の名前。もう彼らの名前すら思い出したくない。)そして、その規則には大家の許可なく他人をピソに入れてはいけない、週に何回掃除をしないといけない、洗濯機は週に一度しか使ってはいけない、などくだらない規則がずらずら並べられていた。まず、そんな規則を考えて、印刷して、それを寝ている私に構わずドアを開けて、そのドアに紙を張っている大家の顔を想像したら、鳥肌がたった。あいつらは頭がいかれている。話し合えば、自分の意見を主張すれば、問題は解決するだろう。そう思っていたが、考えを変えた。話しあえる相手ではない。常識のない人と話し合ってもしょうがない、と。

 その大家はスペイン人夫とロシア人妻の夫婦。そして奥さんは妊娠していて、今にも生まれるという状況だった。夫の職業はウエイター。もともと経済的に安定しているようには見えなかった。私たちからあらを探してお金を吸い上げようとしていたのかもしれない。どんな事情があるにせよ、彼らのしていることは許せない。

 ラウラはもう今晩にでもこのピソを出る、と泣きながら言った。彼氏の部屋に転がりこむらしい。私も今すぐにピソを出たかった。でも転がり込ませてくれるような友だちが今、いない。日本人の親友たちは全員日本に帰国していた。アメリカ人の友だちは住み込みでベビーシッターをしているから無理。スペイン人の友だちは実家だったし、その頃はまだ知り合って1ヶ月足らずで頼みづらかった。こんな時になんで独りぼっちなんだろう、と泣きたくなった。

 その日の夕方、親友Aの友人の日本人と約束があったから、ラウラたちとの話を切り上げて、学校へ向かった。親友Aが帰国する時に、白米を炊くのに丁度いい鍋を私に置いていってくれたのだが、彼女が帰国する前に私が一時帰国してしまっていたので、彼が預かってくれていたのだ。ややこしいが、とにかくその鍋をもらうために、その日本人と学校で待ち合わせをした。彼とは数回話したことがある程度だったが、とにかく日本人と話がしたかったから、鍋を受け取ってから、一杯飲みませんか?と誘ってみた。一時帰国前にちらっと、彼も1月に引越しすると聞いていたのを思い出し、そのことを聞いてみると、彼も引越しの件で多少問題を抱えていた。引越しするかどうか決めかねていて、大家さんとピソをシェアしている他のスペイン人2人と話し合わないといけない、ということだった。彼の話を聞き、私も自分の900ユーロ請求の話をした。もう夜逃げしたいー、と冗談半分で言うと、なんと彼が「うちで良かったら、来てもいいよ。」と救いの手を差し伸べてくれた。ラッキー!

 1月分の家賃200ユーロは捨てることになるけど、1月の残り3週間をあのピソで過ごしたらたくさん嫌な思いをするだろう。900ユーロ払えと脅されるくらいなら、200ユーロを捨ててでも、安心して勉強に専念できる家を探すべきだ。そう、私は勉強するためにスペインに来たのだから。嫌な気分で部屋にいたら、勉強もできないだろう。ラウラは彼らのせいで何度も泣いた、と言っていたが、私にはやつらのために流す涙は一粒もない。お金が無駄になるのも痛いけど、それよりも自分の精神を平和に保ちたかった。

 そう決めたら、あとは引越しするのみ。2時間後に家に迎えに来てくれるようお願いして、一人であの魔のピソへ戻った。要らないものはとことん捨てて、早急に引越しの準備をした。なんでこんなに物が多いのかを悔やむほど、その数ヶ月で生活用品を溜め込んでしまっていた。11月・12月に取っていたデッサンのクラスで描いたお気に入りの絵も、ロルカ生家で買ったポスターも捨てた。自分の部屋は土足禁止にしたくて買った絨毯も置いてきてしまった。さっさと荷物をまとめないといけない。これは引越しではない、本当に夜逃げだ。

 荷物をまとめている時、アメリカ人のバリーが、今からジムに行くから、今度また飲みにでも行こうね、と別れの挨拶をしに来た。でも、ピソで独りになるのが怖くて、お願いだから友だちが迎えに来るまでここにいてくれないかと頼んだ。何て弱い自分・・・。でも本当に怖かった。ラウラが帰ってきた時のドアの音だけでも、心臓が止まりそうになった。

 荷物もまとめ終わり、友だちが迎えに来てくれて、ラウラとバリーにまた外で会おうねと約束をし、タクシーで彼のピソへ向かった。もう日はとっくに暮れていて、タクシーの運転手さんはきっと、何でこんな夜に引越しするのだろうと不思議に思っていただろう。彼のピソへ着いた時、やっと落ち着いて呼吸することができた。ここにいれば安全だ。誰も私の居場所をつきとめられないから。日本から戻って、そして引越し。長い長い1日だった。

 それから数日間、家から出るのすら怖かった。私の学校名を知っているかもしれないから待ち伏せしているかもしれない、と学校へ行くのも怖くなった。街を歩いていて偶然会ってしまったら殴られるかもしれない、と街を歩く時もお店に入る時も回りをきょろきょろ見て、彼らがいないことを確認しながら歩いた。もう3ヶ月経った今でも、そのピソの近くを歩く時は、胸に暗く重いものがのしかかる。

 彼のピソに数日間居候をしながら、今後どうするかを考えた。そして、決めたのは1月いっぱいはホームステイをし、2月からのピソを探すということ。誰かに守られている場所で生活したかった。それに、最悪な大家に当たってしまった後、自分でいいピソか、いい大家かを判断する気力も自信も失っていた。ホームステイは、日本人の親友2人がステイしていて太鼓判をもらっていた家族にお願いした。その親友に電話番号をもらって、直接電話し、即日引越しした。8月から4ヶ月ぶりのホームステイは新鮮だった。家族がいるという安心感。それに、8月当初よりもだいぶスペイン語に苦がなくなっていたから、毎日家族とたくさん話をした。

 2月からのピソは結局、夜逃げ先の例の友人のピソに決めた。丁度、彼のピソメイト2人が1月末に出て行き、二部屋空いたからそこに入れてもらった。今回のピソの大家さんは常識人。彼らが用があってピソに来る時は必ずブザーを押してドアの外で待っている。きっと合鍵を持っているだろうが、その鍵で勝手に入ってくるようなことは絶対しない。前の大家と全く反対だ。

 それに、今回のピソは契約もしっかりしている。このピソを借りている私たちは、不動産屋さんに行って身分証明書のコピーを渡しサインをして契約を交わし、そして家賃は毎月不動産屋さんに払いに行くというシステムだ。9・10月、11・12月と二つのピソにいたが、その両方とも大家さんに直接現金で支払っていたし、契約書も何もなかった。

 数日後バリーからメールが来た。大家がピソに来て、ラウラと私がいなくなっているのを発見した時かなり激怒して、彼に"殺す"と脅したらしい。彼は警察に行ったが相手にしてもらえず、泣く泣く引越しした。バリーは大家のことを全然怖がっていなかったし、男の子だし、それに1月分の家賃を無駄にしたくなかったから、自分は出て行かないと断固としていたのに。でも、そんな彼が出て行ったということを考えると、本当に大家が暴力的に出たのだろう、と思う。本当に最悪な大家だ。私たちはこのピソに電話線を引き、インターネットを引いた。やっとネットが使えるようになった頃、私は一時帰国をし、日本から戻ったその日に引越した。そのために注いだお金や手間はどこへ・・・。悪運としかいいようがない。それ以降、家でインターネットを使うというのはきっぱり諦め、ネットカフェに通っている。一時的にしか生活しない家に投資するのは無駄だ、ということが今回のことでよーく分かったから。

 家は生活の中心。さらに、私たち留学生は外国で一人で生活をしなければならない。すると、どうしても弱い立場になってしまう。言葉の問題もある。だだからこそ、家選びは慎重にしないといけないと思う。ピソ見学は誰か目の利く友達に一緒に来てもらい、違う視点から意見をもらうといいだろう。そして、困った時の日本人パワー。夜逃げを助けてくれた彼(現在のピソメイト)には、本当に感謝している。日本人、バンザイ。

● プロフィール
今泉陽子
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、グラナダ大学Estudios Hispa'nicos(外国人コース)に留学中。趣味は写真、フラメンコ、サルサ、茶の湯。詩が好きで、ロルカを追い求めてグラナダへ。「日本とスペインの架け橋」なるものを目指し、日々修行中。
文通しましょう → yoyofeliz@nifty.com
(写真)アルハンブラ宮殿を背景に

3.グラナダ大学・大解剖!−語学編
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