JOANのカタコト

 

 

15.ユーロ

2002年から通貨ユーロが、スペインを含む12のEU加盟国で本格的に導入されました。ここで本格的にというのは、ユーロがもうすでに決済の通貨として書類上では2年前から使われていたものの、紙幣・貨幣を実際に見ることがなかったため、一般にはまったく実感が湧かなかったことを意味しています。この稿ではユーロとは何か、あるいはユーロ導入によるヨーロッパ経済の活性化や世界経済への影響とかは捨て置き、カタルーニャ語圏においてのユーロがどのように「現れてきている」かを見ていきます。

まずユーロ発音問題から始めます。ユーロの綴りはEUROで、これは使用するどの国でも共通にすることが決められています。ところがその発音はその国の発音法則にしたがって行うので、例えばドイツでは「オイロ」だし、スペインでは「エウロ」になります。ここで問題になるのは、カタルーニャは公式には国とは認められていないので、カタルーニャ語においてのユーロの発音はスペイン式にすべきか、標準的カタルーニャ式「エゥル」にすべきかということです。 ところがEUROという 綴りはあまりカタルーニャ語的ではないし、その複数形の「エゥルス」というのも発音しやすい音ではありません。また一方でカタルーニャ語西方言の発音法則ではカスティージャ語と変わらない「エウロ」となってしまいます。一体EUROはどう発音すればよいのでしょうか。

この状況に対しカタルーニャ州政府は、それぞれの地域の発音習慣にしたがって発音すべきだという見解を示しています。バレアレス州では「アゥロ」といった地域色に満ちた発音も可能ですが、これといった発音の指針は出していないようです。一方バレンシア州は西方言圏なので「エウロ」で問題ないでしょう。ということで、同じユーロでも色んな音で呼ばれているというか、カタルーニャ語の発音の多様性を新しい単語EUROも受け継いでしまったのです。

次にユーロのデザインについての問題です。数年前に最初にユーロ紙幣のデザイン案が発表になった時のことですが、そこに描かれたヨーロッパの地図にバレアレス諸島が抜け落ちていたのです。バレアレス州政府は早速EU本部に対して強い抗議をしましたが、意外とあっさり要求は認められ、次の改定デザイン案から現実の紙幣にいたるまで、しっかりバレアレスの地は復活しました。

ところが貨幣に関しては対照的なできごとがあったのです。貨幣のデザインは表側は各国共通ですが、裏はそれぞれの国に任されています。スペインの場合は、3種類のデザインが額面に応じて使われています。まだデザインが確定する前のことだったのですが、一部のカタルーニャ民族主義者達はバスク・ガリシアの運動家とも連携して、貨幣に書かれるエスパーニャという文字を4言語併記にして欲しいという要求をマドリード中央政府に対して出しました。スペインは複数言語・複数文化の国であることを、他の国々に示す良いチャンスだという発想とともに、カタルーニャ語の書かれた通貨を使いたいという願いだったのです。しかしながら、政府はほとんどこの嘆願を相手にせず、国王の肖像の横にカスティージャ語のみでエスパーニャと書かれた「有り難くない」コインを鋳造することに決定したのでした。

実はEUに加盟していないけれどもユーロ通貨圏に入り、ユーロ・コインを作った国が3つあります。ところが世界中でただ一つのカタルーニャ語を公用語とするピレネーの小国家アンドラは、ユーロ圏に組み入れられたものの今回は自国のユーロを作ることをしなかったので、残念ながら同言語の書かれた通貨は現在までのところ存在しないのです。

では一体、今までのペセタに対してカタルーニャ人達はどういう思いがあったのでしょうか。ペセタの語源には諸説あるのですが、カタルーニャで長く信じられてきたカタルーニャ語起源説というのもあり、ペセタという単語そのものに対しての悪感情があったわけではないようです。でも長年のフランコ独裁政権下、そしてその後もスペインの中央集権的経済政策は続いていて、多少とも被害妄想的なカタルーニャの被搾取感の象徴としてスペイン・ペセタの存在があったことも否定できません。そのせいかカタルーニャのマスコミを見る限り、ペセタにアデウ(さよなら)を言うことに残念だとか寂しいといった論調は全く見られず、逆にスペイン(中央)銀行の支配から脱することを祝福するとか、新しい時代の到来といったポジティブな見方が大半です。

脱亜入欧ということばがかつての日本にはありましたが、「脱西入欧」ということばを思いつきました。カタルーニャの人々の願いは、スペインの枠組みではなくヨーロッパの中でかなえられるという考え方で、自分達はカタランであると同時にスペイン人ではなく、カタランでヨーロッパ人であるという意識改革が必要だとします。それは現段階でスペインからカタルーニャの分離独立を考えていく方向ではなく、EUの中での発言権を強めていくことによって、カタルーニャが独自の歴史を持った地域としてヨーロッパに認識されるようになる。将来EUの主権がもっと強まりそれぞれの国家の存在意義が薄くなった時に、EUは国家連合ではなく地域の集合になり、カタルーニャ語圏はひとつの言語・文化を共有するネイションとして生き延びていくというシナリオなのです。

このシナリオが現実のものになっていくかどうかは、全くもって未知数ですが、ユーロ導入が少なくともその文脈で理解される、あるいは希望的にそう理解したいといったところでしょうか。カタルーニャのマスコミで特に強調された点なのですが、歴史上初めてカタルーニャ語を使う人達が、今まで別々だったスペインペセタ・フランスフラン・イタリアリラをやめユーロという共通通貨を持ったという事実があります。国境によって分断された同じ民族が、どこへいっても換金なしに買い物ができることの意義は小さくないという思いが、その報道には込められているように感じられました。

ということで、一般にユーロ導入はヨーロッパ統合の重要なステップとして捉えられますが、カタルーニャ語圏においてはそこに、カタルーニャのヨーロッパでの復権、そしてまたカタルーニャ民族統合の道筋での解釈も同時におこなわれています。

もっとも一般の人にとっては、ユーロの発音も図柄もその導入の意義も関係なく、ペセタからの頭の切り替えと、便乗値上げへの警戒感とかが最優先の課題のようです。    

 

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