一人の女性が夢を描いた。 「日本人が初めて聞いた西洋の音楽を再現するような音楽祭をやってみたい」 ただこれだけの気持ちで、「音楽祭」という大イベントをほとんど一人で切り盛りしてやり遂げてしまった人がいる。
1年とちょっと前にこの途方もない計画を持つ方と知り合いになったのを縁に、私も及ばずながらもその音楽祭のお手伝いをさせていただくことになった。
「豊後ルネッサンス音楽祭」と銘打ったこの企画には、様々な音楽プログラムが盛り込まれているのだが、その中でもプログラムの中心とも言えるイベント、フランシスコ・ザビエル生誕500年を記念してのグレゴリオ聖歌隊のコンサート・ツアーに同行させてもらえることになったのだ。 これは、ザビエルの日本布教の道を再現しようと、ザビエルが歩いた道をほぼそのままたどっていくという企画。
まず鹿児島に始まり、平戸、大分、山口。そしてザビエルは訪問しなかったが、今の首都としての東京(ザビエルは京都には行った)を回る。
ザビエルの当時と今ではまったく時代も時間の感覚もことなるのだけれど、15人(プラス同行者で合計22人)という大所帯の一行は初めて訪問する日本のイメージに大変驚いたようだ。
今、一般のスペイン人の想像に及ぶところの「日本」は高層ビルだったり、雑踏の中を急ぐサラリーマンだったり、カプセルホテルだったり、立体に交差する道路と渋滞、最新のコンピュータ社会、華やかなネオンに彩られる街、そんなテレビなどで伝えられるイメージだ。
到着したのが大都会ではなかった、ということも幸いしたのか、日本の自然の豊かさと美しさ、街中にあってもそこに小さな自然が息づいていることに、ほとんど全員が驚いたようだった。 遠い昔、日本という国に大きな期待を寄せたザビエルが見たのも、こんな自然の美しさだったのかもしれない。
そして、肝心のコンサート。 日本ではこんな本格的なグレゴリオ聖歌がナマで披露されるのは、きっと初めてのことだっただろう、コンサートは各地で大きな反響を呼び、どのコンサートも満席をいただくことができた。
個人的には平戸の会場と平戸という小さな町に入ったとき、「こんなところで、いったい人は来るのだろうか?」と疑問にさえ思えたのだが、とんでもない、隠れキリシタンの血はまだ通っているのか、たくさんの信者さんと思える人たち、その中にはお年寄りも多いのだが、列を作ってコンサートに来てくれるのだった。
信者の方たちだけでなく、都市部では音楽として楽しんでくれるような人たちも多く見受けられた。 かくいう私だって、カトリック信徒でもなければ、クリスチャンでもない。 でも、一つの音楽アートとして存分にグレゴリオ聖歌を楽しむことができた。
最終日、半円形に並んで歌う彼らの後方から、歌う彼らの姿とそれに聴き入る満席の客席を見ていると、突然涙があふれてきた。 言葉にできなかったが、「ミラグロ」を肌で感じた気がしたから。 「ミラグロ」は直訳すると「奇跡」。 でも、それは単なる偶然によって起こされた奇跡ではなく、たった一人の人間が、熱意を持って呼びかけ、すべてを犠牲にして、といっていいほどの献身の結果、その努力を知る人はここにはほとんどいないにも関わらず、みんなを感動させるようなコンサートにつながっている、という因果関係。 これをなんと呼んだらいいんだろう。 言葉より、鳥肌が立ち、涙が出てきた。
その感動の最終コンサートの翌日、帰国する聖歌隊一行は、少し覚えた日本語で彼らを見送る私に空港の出発ロビーで一斉に「ありがとうございました」と声をそろえて言ってくれた。 「こんなコンサート・ツアーは初めてだったし、一生の思い出になるよ」といいながら。
私だって、主催者の彼女が「この企画を一人でもやり遂げる」と宣言したときには「とんでもなくクレージーだ」と思った。 でも、そのひたむきさは大きな結果を招くことになった。 小さな試みではあるけれど、15人の合唱隊とその同行者を含めた22人のスペイン人、そしてコンサートを聴きに来てくれた日本の人たちが受けた感銘で日本とスペインとの心の距離が近くなったとすれば、それだけでもすばらしいことだと思う。
こんな人たちの小さな努力が少しずつ実を結び、美しい絆が新たに生まれることを祈って。
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