ちょっと前のわたしたち

【No.275】10月11日 Maki * 【No.276】10月23日 Sara
【No.277】10月23日 Norie

 

No.277

10月23日 Norie(バリャドリード)

 久しぶりに晴れた10月8日の日曜日、凧揚げ大会に行ってきた。 さすがに冬の風物詩とまではいかないけれど、スペインでも凧揚げをする。 前日、新聞で記事を見かけたので、車で三時間半もかけて、はるばるビトリア県まで凧揚げ大会を見物しに行くことにしたのだ。 地図によると湖のほとりで開催されるようなので、のんびり散歩しても楽しいだろうという読み。

 会場に近づいてくると、次第に車が混み始め、一本道になると大渋滞。 うーむ、飲み物や食べ物を持ってこなかったのは失敗だったなぁ・・・、とやっと気がつく。 思ったより早く駐車場に車を停められ、そこからは徒歩で会場まで。朝出かけるときには寒かったので、冬物の上着まで準備してきたのだが、ビトリア県は快晴。 歩きながら、息子の薄手ジャンバーを脱がせ、長袖Tシャツを脱がせ、最後にはランニング一枚にさせたくらいのぽかぽか陽気。たこ揚げ大会

凧揚げ大会

 砂浜では何百人、何千人もの人が思い思いに凧を揚げている。 パンダの絵が描いてある子ども向けのもの、立体的な鳥の形をしたもの。 なかなか揚がらずに笑いこけているカップル。 ゆうゆうと揚がっている何やら本格的な凧は荷物に糸をくくりつけられているだけ。 そんな様子を見てるうちに、わたしたちも凧揚げをしたくなってきて、「よーし、来年は奴凧を持ってくるゾ!」とメイン会場に到着する前から決意表明。

 メイン会場に到着してみると、なーんだなんだ。さきほど見かけたパンダの凧や、鳥の凧が売ってるではないか。 みんながみんな、家から凧の準備万端で来るわけではなかったのね。 値段もシンプルなものは3ユーロから5ユーロとお祭りにしては高くない。 我が家でも息子のリクエストで羊柄の凧を購入。

 早速揚げてみようとすると、風が少ない。 家族で唯一の凧揚げ経験者の夫が、なかなかOKを出さないので、わたしはじぃっと凧を掲げたまま。 息子が足許で「た〜こ〜、た〜こ〜、あ〜がれ〜」と鼻歌を歌いながら、犬ころのように駆け回る。 ようやく風をつかんで、凧が揚がった! 息子が、自分にも凧を持たせろとせがむが、「もうちょっと安定してからー」と夫は糸を渡さない。 そのうち、息子が愚図り始め、やっと凧を持たせてもらったときには泣きべそ顔。

 と、まぁ、こんな感じで、みんなが凧を揚げているだけのイベントだったが、とても楽しい日曜日だった。 来年は、みなさん、ビトリアで凧揚げしてみませんか?

 

No.276

10月17日 Sara(グラナダ)

[退職届け]
今年はじめに旦那と張り切ってはじめたバルだか、どうも盛り上がらない。
食べて行くにはどうにかなるが、やはり人口700人弱の小さな村では限界も見えてしまった。 物価も安いので飲食料も安い。 儲けもしれたものだ。

夏には人でも雇えるかと思ってがんばってきたが、どうも人を雇うまでのお金はどうしても出ない。そうなると、急に体力も限界に思えてくる。
朝8時から夜12時まで、16時間労働だ。
そこで、、、、私はどうしたかというと。。。。音をあげた。
そして、フェイド アウト。。。というと聞こえが悪い。
退職届を出させてもらった。

歴史の浅い私たちが1日16時間喧嘩しながらバルで働き、家に帰ってもその喧嘩をひきずり、そして、すぐ朝がくる。。。
そう、妻は家で旦那を迎えるのが、今の私たちには平和なのだ。 と、言い切る。
そして、ほんとうに、旦那が手伝って、というまではあまりバルに行っていないのが事実である。 旦那は最初ものすごい不満だったが、今は落ち着きつつある。
そして、冬ということもあり、営業時間を短くしながら一人でなんとか切り盛りしている。まあ、あとは、店の権利をうまく引き渡せる人がいれば、という感じである。

[再就職]
で、しばらくぷらぷらっと主婦をしながら、舞踊学校の新学期を待つ私に連絡があった。 アンダルシア挙式を企画、遂行する旅行会社があり、以前、マドリードにいた時代関わって仕事させていただいたこともあったが、今度は、アンダルシア支部で人手が足りないらしい。細かい事情を書くと長くなるので省くが、そこで、私に声がかかったわけである。 前任のぬけた穴が大きいのは知っていた。

私がはいったところで埋まるとは思えない。 でも、知った顔のメンバーが不安になっているところで助けてほしいと言われやってみようと思った。 家にずっといるよりいいし、向いてない仕事とは思えなかった。

なんせ、バールの仕事は、もうちょっといけるかと思ったが、まったくセンスがないし、向いてない、好きでない、ときて大変つらかった。 もうちょっとがんばってもよかったのだが、なんせ、旦那に仕事の面では、怒られてばかりで、落ちこんでいたのも事実だ。 わたしは、1円の価値もないのではないか、と思った。

踊りの仕事でもストップしてるし、バールの仕事は単純と思ったのでそれくらいならできるとおもったのである。 とにかく、一番きいたのは、旦那との毎日のいさかい、であり。

そんなとき、私を必要をしているひとたちがいる! まあ、必要というまではおおげせだけど。 急に私は500円玉くらいにキラッと光った。
たくさん勉強して、すぐに仕事できる準備もした。
そして、実は、もう今月からその仕事をはじめた。

日本から、一世一代、一生の思い出を作りにくるカップルの挙式をつかさどるのは確かにびびった。失敗は何があっても許されないのだ。
ミッション インポッシブルだとしてもだ。ぶるっとくる。
20人ちかくの大所帯で日本からご家族ともどもやってくる人たちもいる。
声がふるえる。舌が絡む。。。
このプレッシャーに耐えられなくて、前任の担当者は1ヶ月でぬけていった。
こんなとき、不思議なもので、フラメンコの舞台経験が確かに役立った。
私の場合、である。
頭を真っ白にして、今日、主役の新郎、新婦に集中した。

もう3組のカップルを送り出した。こちらの用意させていただくセッティングはだいたい同じでも、不思議と主役たちが違うので毎回違う1日になる。 これもフラメンコと似ている。私が同じ曲をおどろうが、会場や、観客やその日のギターの具合、歌の具合で、毎回、違うものが生まれる。
毎回違う感動、が生まれる。
挙式の仕事もそれににていた。

私は、3回の挙式、3回とも泣いた。おいおい、君が泣いてどうする、と我慢しながら続けたりした。(笑) プレッシャーは大きいが、無事に終了すると、ひとつ、幸せのボールを心にもらった感じがする。
これは、私の精神上にもすごくいい。
フラメンコの仕事にもプラスの仕事のような気がする。
バールの仕事が悪いわけじゃない、私にとってはだめだったのだ。

ここ1年間の私のマルカール(フラメンコの曲をなぞるように踊る基本的な動き)はなさけなかった。私のソレアは愛でいっぱいだったのに、悲しいソレアになった。
シギリージャは躍動感があったのに、焦りの曲になっていた。
タンゴは、愛敬があったのに、脅しの踊りになっていた。
もうブレリアなんて複雑なものには、挑戦しようともおもわなかった。

旦那が疲れて帰ってきてお迎えのキスができるようになった私の顔からは緊張がぬけてきた。 バールのことだって、まだこれからいろいろ大変だ。
でも、ふと、最近またフラメンコをマルカールすると以前の感覚にもどっていく感覚があった。 歌を忘れたカナリアはまた歌を思い出しつつあるのである。

この調子で、家庭がなんとかうまく運営されていきますように!

No.275

10月11日 Maki(横浜)

精神的にも、身体的にも、ほんとに忙しくていろんなことがあった10月最初の10日間が、終った。

10月3日。
半分ダメもと、でもかなり本気で受けていた「日本ソムリエ協会公認・ワインエキスパート認定試験」の結果通知が来た。
見事、落ちてしまった。
なんとか1次試験は受かったものの、より実践的な内容の2次試験は無理だった。

試験と名のつくものは、簡単なものから難しいものまで数えきれないほど受けてきたけど、落ちたのは久々。
まぁ、まともにワインの勉強を始めてまだ1年足らず。 受かるほうが不思議だったのは自分でもわかっていたけど、この夏は遊ぶ時間もお金もワインスクールにつぎ込んで、有給休暇も土日もひたすら勉強に費やして頑張ったから、やっぱり凹むなぁ。

でも、まあ思うところもあり、来年の試験をメドに新しい出発ができるよう、これから一年、必要な準備をしていくつもり。
そのためにも、とにかく来年こそは絶対受からねば!
そして、落ち込んでいても仕方ないので、とりあえず週末の3連休は遊びの予定ばっかり入れた。

まずは10月7日夜、年下の友人が誘ってくれたイベントへ。
本厚木駅前のとあるお洒落なDJ Barを貸切ってのパーティ。そこには20代前半の若者がうじゃうじゃ・・・
とても予想もつかない風貌や言動なのに、話してみると意外とマジメでカワイイ若者たちもいたり。
そんな中に混じって、夜通し飲んで、遊んで。
でも、さすがに若者のパワーとノリについていくのには限界が。
途中、疲れと眠気とタバコの煙に耐えられなくなって、一緒に行った友人と数人で店の外でダラダラお喋りして、そのまま夜中にちゃんぽん食べに行ってみたり・・・。 でも、久々に思い切り夜遊び、それなりになかなか楽しかった。

実はこのパーティの最中、10月8日の午前零時。私は誕生日を迎えた。
パーティそのものは全然誕生日に関係ないイベントだったので、一緒に行った友達すら忘れてたり、知らなかったり・・・。
まぁ、楽しめたからいいとしよう。(笑)朝焼け

帰りの始発電車で、東側の窓からとってもとっても綺麗な、幻想的な朝焼けが見えた。
電車の横長の窓に沿って、朝陽に照らされた雲がずーっと並んで、一連の絵画みたいだった。
このキレイな朝陽は 、間違いなく天からの素敵な誕生日プレゼントだった気がする。

そして、10月8日の夜。
会社の仲良しの友達が泊まりに来てくれた。
地元のお気に入りの店で美味しいご飯食べて、その後は知り合いがマスターをやってる地元のBarへ。
行くって言っておいたら、店ではちゃんとバースデーケーキまで用意してくれていた。
自分のために人が用意してくれたケーキのろうそくを消すなんて、何年ぶりだろう。
ほかにも同じ日が誕生日の常連さんが来てて、店のお客さんみんながHappyBirthday♪を歌ってくれた。
なんだかちょっと感動。
その友達は、今月いっぱいで退社してしまう。
この日は、会社のこともプライベートなことも、2人で夜が更けるまでいろんな話をした。
職場が変わっても、お互い違う道を目指しはじめても、ずっと付き合っていける友達にまたひとり出逢えたことが、嬉しかった。

そんなこんなで、いろんな意味で、ほんとに充実した日々だった。
新旧たくさんの友達に会って、たくさん話をして、たくさんの笑顔と元気もらった。

誕生日は、いくつになっても嬉しい。
それは、誕生日そのものが嬉しいというより、
誕生日を一緒に祝ってくれる仲間がいることが、嬉しいんだよね。
それを実感した、2006年のBirthdayだった☆

いつも見守って助けてくれる家族。
いつも元気をくれる大事な友達のみんな。
いつもありがとう。
これからも、みんなと一緒に素敵に年を重ねていけますように♪

 

 

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