人恋しい秋というのか・・・
私が住むのはスペインには珍しくピソではない。 裕福な人たちが住むチャレーと呼ばれる1戸建てでもないが、昔に作られた長屋なのだ。
家のちょうど前の通りは車が入らないので、子供たちの遊び場になり、数年前までは斜め向かいの女の子はこの道をパンツ1枚で走り回る(4歳くらいまでは夏はいつもそうしていた)ような状態だった。 もう大きくなってきたから、さすがに裸では遊ばなくなったけれど。 そして、普通の新興住宅地と比べて人との付き合いがある。
この夏には2軒隣のおじいちゃんが亡くなり、おばあちゃんは未亡人となった。 近所のおじいちゃん、おばあちゃんたちはこの一人住まいになったおばあちゃんを誘って家の外であるこの道に椅子を持ち出して、毎日長い長いおしゃべりをしていた。 おばあちゃんはおじいちゃんが死んでしまってから、一気にやせてちょっと老け込んでしまったけれど、毎日孫が訪ねてきたり、近所の人たちに囲まれる生活で笑顔が戻ってきたようだ。 先日、「ほら、あそこから挿したカニサボテンがきれいに咲いたわ。おじいちゃんが死んだときにもらったの。」と見せてくれた。 この車の通らない道で。
2週間ほど前には5軒隣のAが死んだ。 彼はゲイだった。 ずーっと連れ合いと住んでいたが数年前、その連れ合いと別れてから生活が乱れ始めた。 私はここに引っ越してきた当初、彼をゲイだとは知らなかったが、(近所のみんなは知っていたが、あまり自宅にいない私は近所の人をそんなに知らなかったのだ)ある日、またこの家の前の道で呼び止められて、その当時の彼とうまくいっていないことなどをいきなり告白されて驚いた。
その話を聞いてあげたからか、彼は近所一帯に「あいつは、ほんとうにいいやつだ」と吹聴してくれたのだった。 毎日酒に溺れて、いつ見ても酔っ払いで、仕事も失っていく姿は見ていて辛かったが心の中で立ち直ってくれることを祈っていた。 とっかえひっかえに連れが変わったりする生活が続いていたが、3ヶ月ほど前からか、私はよくは知らなかったが新しい連れ合いができたようだった。 が、常習になっていたドラッグはいきなり彼の命を奪った。
昔、同じような形で友人を失ったことがある。その彼の場合も特に自殺しようとか思ったわけではない。酒が進みすぎるように、一時のコントロールが効かなかっただけなんだと思う。過度のドラッグによる中毒だった。Aも最近は充実してきていたみたいだのに。彼の遺族は、転がり込んできていたらしいこのAの連れ合いに無償で家を貸してあげることにしたみたいだ。私と彼は友人というほどでもなかったが、心配していた人がその悪い心配どおりになってしまった、そして昔の友を思い出してやるせなさを感じた。
そうやって、ウチの前の通りは車が通らないからか、平屋で一歩家をでるとどこの誰だかわかるからなのか、そんな近所のドラマにあふれている。 ここ数日の雨と寒さで街路樹(いっちょうまえに街路樹はある)のプラタナスの葉が掃いても掃いてもキリのないほどに落ちている。
今朝は朝から隣のおばあちゃんが掃除をしている。 彼女も寂しがりやだ。 通りかかるといくら急いでいるそぶりをしても、絶対に10分は引き止められてこの通りに市の落ち葉掃除の人が来てくれないことについての文句を何度も聞かされる。 この季節は毎週(私が知っているのが週末だけでおばあちゃんは毎日なんだろう)それだ。 今朝おばあちゃんが掃きためた落ち葉は大きなゴミ袋6個にもなっていた。 文句をいいながら、でも彼女は自分では気がついていないのだろうけれど、ほんとうは、そうやってこの道で人と話をしたいのかもしれない。 秋も深まってきた。 |