ちょっと前のわたしたち

【No.234】8月24日 Meche * 【No.235】8月29日 Maki

No.235

8月29日 Maki(横浜)

 8月21日の日曜日、何年ぶりかで海へ遊びに行った。
 行き先は、葉山の一色海岸。 御用邸のすぐ裏手にあるビーチだ。

 メンバーは、スペインつながりの友人Mさんと、Mさんつながりで知り合った在日ペルー人3人、彼らが集まるペルー人教会つながりのMさんの友人3人(日本人)、Mさんの妹さん夫婦、そして私の総勢10人。 内訳は日本人7:ペルー人3だけど、日本人7人のうち4人はスペイン語がわかるし、ペルー人3人も日本語が大体出来る。
  ペルー人の3人には私も半年くらい前に一度会ったことがあり、みんなちゃんと覚え
ていてくれた。

 まずはMさんの妹さん夫婦の家(逗子)に集合し、路線バスに乗って葉山へ向かう。 海沿いの旧道をのんびりと走るバスの車窓からは、葉山マリーナのヨットや、ソフトクリーム屋さん、軒先に浮き輪やら何やらが並べられた昔ながらの店などが流れていく。 そして建物と建物の間に海がキラリと光るたびに、小学生の夏休みのような、うきうき、どきどきした気分になっていく。

 葉山のバス停で降りると、そこは御用邸のすぐ前。 守衛さんが立つドーンと立派な門を見て、ペルー人のみんなは「これは何?」の表情。 「"御用邸"ってスペイン語でなんて言えばいいのかな?」「Palacio(宮殿)?」「Chalet(別荘)とか?」「なんか違うよね」ブツブツ言う私たち日本人。 まあ難しく考えていても仕方がないので、適当に「casa del emperador para verano(天皇の夏用の家)だよ」と言ってみたらすぐわかってくれた。

 もしかしたら日本語のまま「ゴヨウテイ」って言っても彼らならわかったかもしれないけど、私にとってはこうしてスペイン語が話せることそのものが楽しい。 それに、両方の言葉がわかる相手だからこそ、お互い安心して話せる。 スペイン語がわからなければ日本語で、彼らも日本語がわからなければスペイン語で。 傍から見たら不思議だと思うけど、かなり混ぜこぜの会話だ。
  スペインでは使わないスペイン語や、中南米の料理の話、音楽やお祭りの話など、「スペイン語」を通じてスペイン以外のいろんな世界が広がっていく。

 みんなでビーチサンダルをぺったぺったと鳴らしながら、御用邸の脇にある細い小道に入っていくと、足元は熱い砂に変わり、そのすぐ先がビーチだった。

 夏の暑さはまだまだ真っ盛りだけど、お盆を過ぎた海はどことなく落ち着いていた。 特に、この辺は近くに電車の駅がなく交通が不便なせいもあるのか、同じ神奈川県の海でも、江ノ島や鎌倉のような湘南エリアと違って人も店も少なく、落ちているゴミも少なく、年齢層も高めで大人向け、通好みの海という気がする。 実際、「葉山に来てしまうともう湘南には行けない」という人も多いそうだ。

 ここの海の家で、Mさんの義弟さんは週末コックをしている。 海の家といっても昔風な堅苦しい建物ではなく、エスニック風の食堂というか中南米の屋台みたいな感じ。 砂浜の上にテーブルとカウンターを設置したオープンな雰囲気で、カウンターには世界各国のお酒が並んでいる。 サルサやボサノバの流れるお洒落な海の家の一角を陣取り、午後の日差しに光る海を眺めたり、海に入って遊んだり(クラゲもいたけど)、美味しいエスニック料理を食べたり、おしゃべりしたりとのんびりと一日のプチ・バカンスを楽しんだのだった。

 いくつになっても、やっぱり海は楽しい。そう感じた久し振りの夏の海だった。

No.234

8月24日 Meche(京都)

 初119番。

 きっかけは夏風邪。

 暑いのにちょっと寒気がするかも・・・なんて思ったら、すでに風邪をひいてた。 しかもそんなときに限って、所用やら仕事やら外出が続いて、とうとう気管支喘息発症。 でも小さい頃、小児喘息だった私は、“大丈夫そのうち治まる”なんて思ってた。 ところがところが、時間が経つにつれて、だんだん座ってるのもつらくなってしまった。

 1人暮らしだからこれはいけないと、動けるうちに119番へ電話して、病院を紹介してもらった。
  「では、治療できる病院を探して折り返し連絡しますので、年齢と電話番号をお願いします。ところで、病気をされてるのはお子さんですか?」
  「いえ、私です」えへへ、まだ独身なんですけど・・・とふざけてみる元気は無く、なんならちょっと症状悪化。
  それでも、年齢は何のために必要なんだろ? 嘘ついたら怒られるのかな? なんて、バカな事をゼーゼーいいながら考えてたら、電話がかかってきた。

 教えてもらった少し遠いけど専門医が夜勤でいる病院に、ノロノロと気をつけて車を運転して、無事に到着。
  季節は夏、時刻は午前2時過ぎ、場所は深夜の病院。条件ばっちり! しかも私は弱ってる。 “出ちゃったらどうしよ〜”(幽霊)なんて、またバカな事を考えながら、明かりの消えた受付で呼ばれるのを待ってたら、タバコを吸いに来たヤンキー(もちろん入院患者)と遭遇。 違う意味で怖かった。

 その後、別の意味で怖い看護婦さんに連れられ、診察と治療を受け、かなり楽になった。 そこで、こちらに背を向けて無言で書類を書いてた看護婦さんに、勇気を振り絞って(!?)お薬や今後の注意点について質問した。 すると、と〜ってもぶっきらぼうで怖かった彼女は、と〜っても丁寧に優しく答えてくれて、「町であったら気軽に声をかけてね」と、最後は出口まで送ってくれた。 私は、怖いなんて思ってしまったことを、凄く反省した。

 看護婦さん、大変なお仕事これからもがんばってください。
 そして皆様、風邪は万病のもとです。お体大切にしてください。

 

 

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