初体験レポート “足音の録音”
フラメンコの踊り手として活動している私にとって、先週貴重な体験のできる仕事が入った。 フラメンコの歌の最後の盛り上がる所に私のサパテアード(足音)を録音しようというのだ。
CDの題名はまだ知らないが、企画はグラナダの若手のアーティストを集めてCDを作り、全国にグラナダのアーティストを知ってもらう、というもので、お金は市が出しているらしい。 その若手のアーティストのメンバーに私の旦那、芸名“JESUS FAJARDO”がも擢され、ソレアと、シギリージャという歌を歌う事になった。 旦那のアイデアと推薦でシギリージャの歌の最後に足音を入れるということになった。
企画者から電話がかかってきてから録音日まで1週間もなかったので、弱音を吐いていた。 心の中では喜んでいるのに、こういう時にいろいろ弱音を吐いてみるのが私の嫌な癖だ。
フラメンコの曲に足音を入れるのは既に有名アーティストが何人かトライしている。 私から見て一番凄いと思うのは伝説の歌い手カマロンが最後のアルバムでフアン・ラミレスという踊り手と録音したブレリアというノリの良い曲だ。 これは、たぶん最初に足音を入れる試みをしたもので、大成功だった。 新鮮だったし、かっこよかった。
次に痛快なのは、あのギターの神様、パコ・デ・ルシアが確かホアキン・グリロとやったアレグリアスという曲。 この2曲に関しては足音を入れて臨場効果をだすばかりでなく、その足音がパーカッションの役目もして実に小気味よく、カッコよく仕上がっている。
ファルキートもディエコ・アマドールと録音しているし、サラ・バラスもディエギート・シガラのアルバムで共演している。 この2つの後者に関しては、完璧な作りだが前者2つほどの効果は得られていない、と私は思う。 他にも多少は足音が録音されているだろうが、数は少ない。
ここで私のような日本人の踊り手が二番煎じの事をしていったいなんの意味があるのだろうと、訳の分からない言い訳に逃げていく。 友人に話すと皆、そんなチャンスはめったにないからやっておけ、と言う。 結局は自信がないのだ。 シギリージャって曲についてどこまで理解して足音を入れられるのだろう。 見せる踊りではない、聞く踊りなのだから、音作りだってしなくてはいけない。 その足音だって録音されちゃうのだから汚い音が一つでも入ったら一生の汚点とか、思った。 自分の汚点ならまだしも、旦那の歌の最後の盛り上がりを台無しにしたら一生責められると思った。
2日間くらいぐちぐちしていたが、いっこうに中止になる気配はないので、やむなく猛勉強し始めた。 できるだけやって “これじゃあダサいから中止”っていわれたらそれで実力不足と納得しよう、とやっとポジティブな気持ちになれた。 そう、現場でダサい、って言われるのが怖かったのね。
いろいろなシギリージャの曲を聞きまくって、シギリージャを踊っているものも見まくって、とにかく歌の盛り上がり部分を足音で効果をつける音作りの工夫を勉強した。 大体勉強したあと、旦那が何の歌を歌うのか聞いてそれに関して実際音を作っていった。 作ったあと大体いいかなと思ったけれど、何人かの歌い手や、踊り手に聞いてもらってまちがった解釈をしていないかどうか、効果的かどうかアドバイスをしてもらった。
ある踊り手には、細かい音を入れすぎるから、細かい音を省いてシンプルな音できれいでインパクトのある音に仕上げていった方がいい、と、私の作った音の中からかかとの音を省いてくれたりした。そんなこんなで録音当日、非常に緊張して出かけていった。
ギタリストのラモン・デ・パソは乗り気だった。
「歌に足音入れるなんて新しいじゃないか、先にシギリージャを録音しよう」とまで言った。
内心、あー、あとでがっかりしませんように、と思った。
で、実際録音を進めていくと、本番に強い私の旦那は、本番の録音で打ち合わせとは全く違う歌を歌いまくり、しかもそれが大成功となった。 どちらかというと、十八番はもう1つの曲ソレアのはずなのに。 歌の長さも全然打ち合わせとは違ったので、その場で音つくりを変更しなくてはいけない羽目になったかとちょっと青くなりながら練習していたら、事情をすばやく察知してくれた録音技師の方が「歌が変わってしまったならこのシリーズの録音はあと2〜3日やっているから音作りをゆっくり検討して3日後に上からかぶせて録音するといいよ」と言ってくださったので「あー助かったーーー」と思った。 この録音技師の方、若いが音楽、フラメンコに関してもなかなか解っている、話がツーカーなのだ。 それもそのはず。 あとで聞いたら、天下のエンリケ・モレンテ先生の音響さんもやっているそうだ。
さて、もう3日間与えられたので、足音をさらに練習する時間もできたわけだ。
3日間練習しまくった。 当日、録音室に入ったら緊張しまくる自分が見えるので必要以上にやった。
さて、当日。約束の時間の1時間前から準備運動を続けてすぐに踊れるようにしておいた。 私は体が温まってないと必要以上に自信のない足にミスがくるのだ。 いよいよ本番。イスラエル・ガルバンが使用したという板が録音室に用意されていた。
大きなヘッドホンをつけて音楽を聴いてその上に自分の足音をのせていく。 いつもとは逆で難しい。 いつもは自分がテンポをある程度決められるいわば指揮者の役目なのに。
最初は、ヘットホンで聞こえる音楽と自分の足音の音量の調整が自分にとってはやりにくく、何度か見失った。 冷静に音量を調整してもらいながら、テイクを2〜3度取った。
外の人たちが何を話しているのか聞こえない。 一人きりの録音室は孤独だった。 怖くなると足音が外れまくった。 何度も練習したことを思い出し、恐怖に走る心と闘った。 練習では100%自分の実力は出せた。ここで緊張や、恐怖で実力が出せなくてどうする、と自分に言い聞かせながら、音楽を聴くことに集中していった。 6〜7回目のテイクを取ったあと、急に外から「OK〜〜〜〜〜〜!」という声が聞こえた。約15分だったらしい。
外に出たら皆がグーサインを出して "Buen trabajo"(よくやったね)と言ってくれて、ほっとした。 録音を聞かせてもらったらまあまあの出来だった。 一つちょーーーっとだけ遅れてる音のところで私が渋い顔をしたら、すかさず音楽技師の人がこれはあとで、調整しておくから、といってくれたのでますますほっとした。
ずるいことだが、録音とはこういうことができるのだ。 便利、助かったと思った。
その後、技師の人と休憩を取ったら、あるグループが来て1曲6分の曲を録音するのに8時間スタジオを使って、あーでもない、こーでもない、と練習をし始めてしまったそうだ。 挙句の果てにその曲は使えない仕上がりらしい。 付き合わされるほうは大変だと言っていた。 私のことを別に誉めていたわけではないのだが、必要以上に準備、練習はしておいてよかったと思った。
先ほど、私の足音の出来はまあまあ、と書いたが、私にしてみたら上出来、なのだ。
カマロンやパコのには足元にも及ばないが、でも、まあまあ、なのだ。
そう、私は、ファン・ラミレスではないし、ホアキン・グリロでも、サラ・バラスでも、ファルキートでもない。私は、石川亜哉子、なのだ。
彼等と比べて焦ったり、だからってこれしか出来ん、と開き直る必要もない。
2004年の等身大のJESUSと私の作品を永遠に録音として残す事ができたのだ。 良い経験になった。 しかも、いい年して、グラナダの若手アーティストのCD企画に入れてもらったのだから得したね。 皆様の手にもこのCDが届きますように。 |