ちょっと前のわたしたち

【No.140】7月2日 Sara * 【No.141】7月7日 かおる * 【No.142】7月14日 Taka
【No.143】7月22日 Meche * 【No.144】7月28日 Norie

No.144
7月28日 Norie(バリャドリード)

 我が家のオクラがようやく実を結んだ。

 ホームセンターでオクラの種を見つけたのが半年前。嬉々として2袋も購入した。というのも、見つけたときに買っておかないと、すーぐ取り扱い中止になってしまうから。

 夫によると、オクラは次々に出てきて大きくなり、すぐに食べないと固くなっちゃうため、毎日のように食べないといけない時期がくるらしい。オクラ攻めになる日をわくわく夢見ていたものの、この野菜は何でもアフリカ原産で寒さに弱いのだそうだ。暖かかったり、寒かったりを繰り返す、スペイン内陸の春は南国生まれのオクラには厳しかったらしく、発芽はしたものの、一ヶ月後に枯死。

 それでもようやく6月の中旬から暑くなったおかげで、何度めかの種まきで発芽した芽がぐんぐん育ってきた。大人の手のひらよりもはるかに大きい葉っぱをいくつもつけた太くて濃い緑色の茎が頼もしい。

 ただ、ぐんぐん葉っぱは大きくなるのだけど、肝心の花が咲かない。花が咲かないことには実がならない。と、毎日、心配そうにオクラの行く末を観察していた夫がとうとう黄色い花が咲いたのを発見!葉っぱの下に小さい朝顔のような丸い花がかわいくのぞいていた。そして数時間後には花弁がしぼみ、まるで何もなかったかのように太い茎と大きな葉っぱだけが残っていた。

 「もしかしたら、花が咲いたのを見落としたのかもしれないな。」

 よく見ると、オクラの実らしきものが太い茎からまっすぐ空に向かって生えているではないか。「食べてみる?」「食べてみよー!」軽くお湯に通して、お醤油をつけてパクン。美味しい〜。ちゃんとオクラの味がする。柔らかくて、粘りがあって、風味もあるよ!!

 その後、花が咲きそうなところが20箇所ほど見つかり、この夏はかなりオクラが楽しめそうだ。日本にいればもっと簡単に手に入るものではあるけれど、ま、この「ないものは作る」というのは、その過程が結構楽しい。



No.143
7月22日 Meche(京都)

 体に良いと言われるものにめっきり弱い私は、「あれが効くよ」と友達に教えられるとドラッグストアーへ飛んで行き、「これがいいです」とTVで取り上げられるとすぐにチェックする!
 そして今、3種類のサプリメントを飲んでいる。そのお陰なのかどうなのか、30年以上続いていた猫アレルギーが治まった。もしかしたら効いてる・・・? 動物好きの私にとってこれは何よりの喜び。

 3種類のサプリメントの中にはもちろん(!)新陳代謝を促進するダイエットサプリも含まれている。効果は・・・・・・ぼちぼち。そりゃそうです。“飲むだけで痩せられる”なんてそ〜んな都合のいいものあるはず無いもんね。ダイエットにはやっぱり適度な運動が不可欠! うん、私ちゃんと分かってます。

 そんな私に、「分かってるだけじゃ痩せないよ。スイミングにでも行ってみたら」と友達。ありがとう・・・本当にそのとおり。空き時間ができるとすぐプールへ出掛けるその友達は、プロポーション抜群! これほど確実なことは無い。眼の前の彼女が証拠だもん。だけどそのためにまず痩せなきゃ。この体で水着になるなんて怖すぎるっ。ダイエットのために水着になるはずが、ダイエットしないと水着になれない。あぁ、分かってます。私ってほんとにおバカ。

 そんなふうに健康を気にしながら不健康な毎日を送ってる私は、最近緑茶が脳の活性化にいいと聞いて、これまた毎日飲んでいる。だけどこの効果も今ひとつ。だって、連絡をもらうまで“最近のわたしたち”の原稿のことすっかり忘れてたもん。

 効くの?効かないの?その答えはまだはっきりしないけど、これははっきりしています。悪いのは私です。原稿遅くなってごめんなさい。



No.142
7月14日 Taka(東京)

 6月12日から30日まで再びキューバを巡る旅をしてきた。前回の旅からちょうど半年。今回は、まるで鹿児島の実家に戻ったときのように何もしなかった。旅行もせず、ただただ生活をしていた。しいて言うならば、思いつきでサルサを習ったことぐらいだろうか。朝起きて、甘いキューバのコーヒーを飲み、1〜2時間のサルサのレッスンを受け、午後は海に行ったり散歩をしたり、友達と交流を深めることを中心に、後は気の向くままに過ごしていた。バナナを売って生計を立てている友達の家にはしょっちゅう行った。そして、一緒にバナナやマンゴーを売った。ときには、そのお父さんや、近所の仲間たち、客も一緒に、ラム酒を回し飲みしながら客が来るのを待った。

 キューバにいるとどうしても一つの壁を越えられないことがあった。それは、お金だ。前回の旅行の時、キューバの友達が言った「お金はある意味、ミエルダ(クソ)だ!」という言葉が何度も脳裏をかすめた。宿のお父さんとはいつもその話になった。キューバ人が一生懸命働いて一月に得る給料は4ドルだったり5ドルだったりするということ。買い物に行ったときにスーパーで働いているお姉さんにもインタビュー(大げさだが)してみた。彼女らは1缶、1ドル弱のビールや、3ドル強のアセイトゥナ(オリーブ)を売りながら、一月4ドルの賃金で働いていた。日本で言うなら、たった1時間の給料よりもはるかに少ない額と言えるのだ。

 物価は大して日本と変わりないのにあまりにも安い賃金。それでも、何もないよりはいい、とマジメに働く人々もたくさんいた。そういう現状がバカバカしいと、働かない人もいっぱいいた。外国人を捕まえておいしい思いをしたり、ちょっとたかってみれば、一月の賃金を得ることぐらいすぐにできてしまう、そんな環境のなかにいるキューバ人にとって、何がベターなことなのかわからずに混乱してしまうのは当然のことだった。

 街角でもよく、「いい葉巻があるよ。キューバ産の最高級のもので40ドルだ。安いでしょ、高くないよ」。そう、声をかけられた。私はいつも「あなたにとっては安くても、私にとっては高いわ」と皮肉を交えて答えた。40ドルと言えば、彼らの年収にも値する額である。少し麻痺しているように感じられる彼らの感覚に接していると、私のなかでいつも混乱が始まった。いや、滞在中、この混乱がキレイに払拭された日は一日もなかった。

 宿の人たちにもそれは言えることだった。皆と一緒に海に行く、タクシー代も食事代も私が払う。わかっていても、なんとも説明しようのない混乱が訪れた。彼らはお金がない、だから、持っている私が払うのだ。ただ、それだけのことだ。私のなかでくすぶっていた混乱は、何度も小さな爆発を起こし、その度に家族全員を巻き込んだ。そして、最後の最後になってそれはドカンッと大きく爆発した。

 「私は仲間か、それとも金か、物か?」、深夜まで家の住民を寝かさずに私が暴れた。彼らは一様に困り、悲しそうな顔をした。それからとくとくとキューバという国で生活することの厳しさについて話をしてくれた。そして最後に彼らは、私のことを家族だと言った。

 暴れた後、幾分、気持ちがスッキリした。しかし、それはもう帰国前夜のことだった。「昨夜は悪魔のような怖い顔をしてどうなることかと思ったけど、今回は、毎日、新しいTakaに会えてよかった」と、帰国の朝、皆が言って笑った。混乱してぶつかって、また一つ、少しだけキューバや彼らのことがわかった気がした。空港まで向かうタクシーには、家族全員が乗り込んだ。見送りに行ってくれるその気持ちが嬉しかった。

 今回のキューバ旅行は、誰にも土産話になるような特別な話がない。私自身、「キューバにいた夢を見ていた」、そんな風に思えて仕方がない。でも、もう、戻りたい気持ちでいっぱいなのは、なんなのだろうか。


キューバの写真(↓)
http://www.imagegateway.net/scripts/WebObjects.dll/CIGPhoto.woa/wa/a?i=I7wiMLd0J4


No.141
7月7日 かおる(マドリード)

 久々に、スペイン人と日本人の違うところ、というのを実感した。

 なにせ、話すのがうまいというのか、話し好き。余すところなく自分を表現する。今回、ちょっとした小旅行へ出かけたが、どれだけたくさんの人と話し、濃い時間を過ごしたか。

 列車で隣り合わせたおじさんとは、まずは彼の出身地の話から始まり、話が弾むと彼の愛好する犬の話へ。出張帰りの彼は荷物棚からわざわざアタッシュケースを下ろし、その中に収まっている娘さんと犬の写真を見せてくれた。
 ある小さな町のレストラン兼バールでは、店の女主人が、そのレストランを開いた経緯と彼女の仕事にかけるプライド、それと彼女が生まれ育った町をどんなに慈しんでいるかを、ほとんど詩に近い表現で語りかけてくれた。
 ある商店主のおじさんは、自分がかかえている、商売に密接する政治的な問題について延々と、自分が投稿する地域情報誌の紙面の切り抜きまで持ち出して説明してくれた。
 ほかにも、きりがないほど。

 うれしいこと、悲しいこと、不満なこと、自分の好きなこと・・・時には通りすがりのものにとっては理解できないような深い心情を、次々と言葉にしていく。そんな彼らにとっては、こちらが理解しているか否かということなどお構いなし。とにかく、表現を変え、表情を変え、身振り手振りで話してくれる。私の目を見て、言葉はよどみなく続く。伝えたりないもどかしさはとにかく言葉の数で埋めるような。そこにあるのは、自分の感情を一緒に分かち合いたい、という素直な気持ち。

 センチメンタルといわれようが、私は結構感情移入してしまう性質なので、ついつい、彼らと同じような気持ちを疑似体験させられる羽目となる。濃い時間なのだが、それは決しておしつけるようなものではなく、私にとって、なんとなく居心地のよい、暖かさを感じるものだった。

 スペインへの旅行でスペインにはまってしまう人のなかには、この、懐かしいような人の暖かさにもう一度触れたいと思う人も多いのではないか。かくいう私自身もはるか昔だが、初めてのスペイン旅行でそういう経験をした一人だ。

 確かに今のマドリードやバルセロナでは薄れてしまったかもしれない、こんなスペインの一面を久しぶりに実感したと思える旅となった。



No.140
7月2日 Sara(マドリード)

“バルセロナウエディング”

 2週間程前、日本からいらした新郎、新婦の挙式のお手伝いの仕事を受け賜った。きっと教会での挙式で、その通訳をするのだろうと想像していたが、実際には、バルセロナと、そしてガウディがお好きなお二人がその土地で、手作りの結婚式をやろう、という独自の計画のお手伝いでした。
 教会での挙式の通訳は、正式な順序や言葉を選ぶので大変ですが、今回の場合は、通訳という役割以上に、お二人の記念日に入り込み、式を無事にはこび、更に1日を幸せに過ごしていただけるよう配慮することにプレッシャーを感じました。

 6月14日のバルセロナは35度を越える蒸し暑い日でした。記念日のお手伝いスタッフと証人は、女性カメラマンの山下と、ベンツの運転手イサックと私の3人。当日朝のホテルの打ち合わせが、初顔合わせ。新郎はスーツ。新婦は洋裁の心得がある方で、自身で創ったシンプルだけれど大変似合う白いドレスで待っておられました。午前中11時〜3時という4時間で挙式と撮影、そして観光もこなすというスケジュール。日本からの打ち合わせでは、挙式場所を見つけたらそこで指輪交換等の儀式の他に、ケーキカットやシャンパンでの乾杯もあったので時間の配分やケーキやシャンパンの取り寄せ等の心配もありました。ところが、現地に着いたお二人はとてもリラックスされていて、とにかく景色の良い場所をまわって、気に入った所で2人の記念の為に指輪を交換すればよいのです、と言ってくださったので、気持ちは随分楽になり、いざ、バルセロナ市内の有名どころに出陣!しました。

 地元の若い運転手イサックに訳を話すと、奇抜な企画に驚いていたが、はりきって次々と式のできそうな良い場所を案内してくれて大活躍でした。地元の事情に弱い私達は大変助かりました。あまりのイサックの活躍に、バルセロナ好きなお二人は、全ての場所に感銘を受けられ、どこで式を挙げるか迷うほどでした。最終的には、初心貫徹。お二人の好きなガウディに関係のある場所、ということで、グエル公園で挙式を行ないました。

 地元のグループが数人通りかかって声をかけてきてくれたので、式の証人になってもらい、身分証明、誓いの言葉、指輪の交換、誓いのキス、そして乾杯の順序で式は無事に行なわれました。スペイン語と日本語で司会をしました。スペイン語の部分は運転手イサックがまたまた大活躍してくれました。

 この式の日、日本ではお二人の御家族が実際、入籍の手続きを行なって下さったそうです。その後、“披露宴”と名づけて、海辺のシーフードレストランでシャンパンを皆で乾杯し、午後の楽しいひとときを過ごしました。

 初めに引きうけた時は、どんなことになるのかしら、と不安だったけれども、この日にバルセロナの地で愛を誓った2人の事を一生忘れないと言ったのは私だけでなく、カメラの山下も運転手のイサックも同じ思いでした。
 どちらかというと、南、アンダルシア文化ごひいきの私だけれど、この日はとても良い時間を過ごし、バルセロナの良さが素直に受け入れられました。そればかりか、いままでちっとも意味のわからなかったガウディの建築物まで自分なりに理解し、おもしろいと思えたので非常に得した気分でマドリードに戻ってきました。

 お二人の永遠の幸せを祈って。

Sara Ayako Ishikawa

 

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