ちょっと前のわたしたち

【No.121】2月3日 ナオミ * 【No.122】2月17日 TOSHIO * 【No.123】2月24日 むく

No.123
2月24日 むく(マドリード)

 日本への出張の際に思い切って成人病検査を受けることにした。健康診断は日本からベルギーに赴任する際とベルギーからスペインに転任する際に受けたことがあるが、それ以前には入社してすぐに受けただけであった。独り者であったら別に受ける気もしなかったであろうが・・・

 予約した時間に早期胃癌何とかセンターに行く。持参した検便を提出。過去の検査の時は容器に入れた便を持参したものだが、このたびの検査では便の何箇所かをさした小さな棒を持参するだけであった。検査技術が発達したのであろうが、変われば変わるものである。

 身長、体重、聴力、視力検査、血液採取、心電図、問診と進み最後はレントゲン検査である。あらかじめバリウムを飲むとは聞いていたが、バリウムを飲むのは初めてである。最近のバリウムは味が付いて飲みやすくなっていると聞いたが、初めて飲むのだから過去のものと比べようがあるはずもない。撮影台に上がり、言われるままに横を向いたり回転したりと、終わるまで非常に長く感じた。

 昔のことしか知らないので検査器具の進歩にも驚かされた。身長と体重は一つの器具で測ることができ、それも体重だけでなく体脂肪率、肥満度まで印刷されて出てくる。それもびっくり。

 検査結果はそのうち日本から送られてくるだろう。悪い数字だらけであろうが、まぁそれも今まで健康に留意してこなかったつけであろう。何せ体温計も持っていなかったんだから。

No.122
2月17日 TOSHIO(日本)

 1月16日バラハス空港に降り立った。2001年7月以来であるから実に一年半ぶりのマドリードということになる。早速レンタカーを借りて、今日の目的地であるトレドに向かった。空港を出てM30に乗った頃にはマドリードにいなかった一年半の歳月が氷のように溶けてなくなってしまった。あたかも以前マドリードにいた日々が昨日のように感じられ、一年半自分がこの地にいなかったことが嘘のようだった。何のブランクもなしにずっとこの地に住み続けていたかのようだった。M30を運転しながら、昨日まで毎日マドリードで運転をし今日もまたマドリードで運転している、限りなく日常に近い自分自身がそこにはいた。マドリードの生活が身体の奥まで深く染み込んでいる自分自身を感じ、その自分自身に染み込んだ「マドリード」が色も褪せずに残っていることを私は喜んだ。

 思い起こせば、1990年1月、七年半ぶりにマドリードを訪れた時もそうだった。1981年から1982年まで一年間をマドリードで過ごした私が90年の1月に再訪した。やはり車を運転し始めた時、七年半の歳月は氷のように溶けてなくなり昨日までマドリードに住み続けていたかのように感じた。七年半前に運転していた日々が昨日のように感じられた。それは、長く逢わなかった家族に久し振りに会った時に感じるものに似ていた。どんなに長く逢わずにいても、会ったその瞬間にブランクの歳月が氷解し、家族の絆が瞬時に蘇るその様に似ていると思った。

 この度は、トレドに二泊、マドリードに一泊と三泊四日の短い訪問ではあったが、心が弾みながらも、心がしっとりと落ち着いた幸せな四日間であった。いつ帰ってきても、瞬時に私を迎え入れてくれるスペインを有難く思い、スペインに寄せる想いの変わっていない自分自身を嬉しく思った。

No.121
2月3日 ナオミ(日本)

 待ちに待ったゴヤ賞の発表があった。ゴヤ賞はスペイン版アカデミー賞とも言われ、スペイン映画界において最も権威のある映画賞だ。スペイン時間で2月1日夜に行われた授与式の様子はテレビ中継され、日本ではスカパー!のスペインチャンネルで翌日放送された。わたしは録画しておいたのでまだ部分的にしか見ていないけれど、今年は、アメリカのイラク攻撃がささやかれている中での授与式だったので、反戦ムードが漂っていた。スペイン映画アカデミー会長のマリサ・パレデスの挨拶の中にも反戦のメッセージが含まれ、多くのプレゼンターや受賞者たちの胸には"NO A LA GUERRA"(戦争反対)と書かれたカードがつけられていた。受賞者たちはコメントの中で、喜びを語りつつも、"NO A LA GUERRA"を唱える人が多く、授与式全体の雰囲気が例年と大きく違っているように感じられた。

 さて、肝心の受賞結果は、というと・・・。昨年日本で「カット!」(Familia)が公開されたフェルナンド・レオン監督の"Los lunes al sol"と「オール・アバウト・マイ・マザー」(Todo sobre mi madre)のアカデミー賞外国語映画賞受賞が記憶に新しいペドロ・アルモドバル監督の"Hable con ella"の一騎打ちという雰囲気だったのだけれど、ふたを開けてみれば作品賞をはじめとする5部門で"Los lunes al sol"が最優秀賞を受賞し、"Hable con ella"はオリジナル音楽賞のみの受賞で終わった。アルモドバル完敗、という感じ。

 今回ノミネートされていた作品は、スペインで昨年公開されたものがほとんどなので、日本ではまだ公開されていない。今のところ、わたしの知っているかぎりでは"Hable con ella"と"800 balas"と"Salome'"と"Darkness"は日本での公開が決まっているようだ。そう言えば、"Guerreros"は劇場公開はされなかったけど、もうすぐビデオ&DVDが発売されるらしい。一番見たい"Los lunes al sol"は現時点ではまだ決まっていないようだけれど、ゴヤ賞で評価されたし、きっと日本でも公開されるだろうと、勝手に信じている。ただ、ゴヤ賞の最優秀作品賞を受賞しているにもかかわらず、日本で公開されていない作品があるのが気になるけれども・・・。

(おまけ)
"Los lunes al sol"と"Hable con ella"に関しては@Spainの映画案内で紹介されているので、興味のある人は見てくださいネ。

 

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