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日本人に生まれたことが、恥ずかしい。
在中国日本領事館で起こった亡命未遂事件。
北朝鮮からの亡命のため、領事館に駆け込んだ彼らを中国側の警察官が力ずくで引きずり出す。助けを求めて叫ぶ彼ら(亡命希望者の中の女性2人と子供)を静観する日本人職員。
信じられない映像がテレビで繰り返し放送され、私の胸を締め付ける。
それぞれの国の事情や立場をどうこう言うより、いや、そんなことはこの際知ったこっちゃない。ウィーン条約に違反している? そんなこともどうだっていい。目の前で誰かが、まして女性や子供が力ずくで何かされていたら、考えるより先に助けてしまうのが普通じゃないの? 正義感など皆無の私すら、そうせずにはいられないし、私の知っている人たちはみんなそうだ。
でも、きっと数少ないであろう(少なくあって欲しい)そうではない人たちに、国旗を背負わせ、国の代表として海外に駐在させている日本。そう、それが私の母国。
16年前、初めてスペインの地を踏んだ私には、自分が日本人であるという誇りなど何もなかった。
生まれてからずっと育ってきた国は、なんだか平和で安全で、まるで温度管理の行き届いた水槽のようだった。大人になりつつあった私には、そんな水族館の魚のような毎日が、退屈で仕方なかった。だから言葉の通じないスペインでの生活は、いつもギリギリでスリルに満ちているように思えた。隙を見せれば大きな魚に食べられてしまうかもしれない、自分で進まないとここでは生きていけない。本気でそう感じた。毎日が楽しくて苦しくて、気がつくと、居場所を失った退屈は出て行った後で、私はスペインをとても愛していた。
スペインに惹かれれば惹かれるほど、私は自分の生まれた国、あの退屈な日本のことを思った。この西の果ての国スペインとはまったく違う習慣をもつ、日出ずる東の国。他人のことを気遣い、悲しくても微笑を浮かべるという芸当を、さらりとやってのけちゃう人々が住む島。遅刻したら謝る、道路にゴミを投げ捨てない。それらは普通のことなのに、実はとても難しい。どうして私は今まで気がつかなかったのだろう。私の生まれた国は愛らしく美しい。
そして、そう思ったときから、適温の水槽はとても優しい流れを伴い、見慣れた退屈な街に暮らす人々は、愛する家族の一員になった。私は日本人なんだ。心が居場所を見つけたようでうれしかった。
なのに今、私は日本人であるという誇りを抱え途方にくれている。愛らしく美しい国は、なくなってしまったのだろうか? 私は心の居場所を失ってしまったのだろうか?
今回の事件が起きる前に、亡命を希望して、在中国スペイン領事館に駆け込んだ北朝鮮の家族がいた。彼らは今、スペインから亡命希望先の国へと移り、新しい生活を始めていると聞く。
大丈夫。西の果てに、まだ愛する国が残っている。
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