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“日本とスペインの間には”
今月は、日本のTV局との仕事があった。日本から人気のタレントさん3名のアンダルシアのヘレス、カディスを中心とした旅行紀の撮影の為の、準備、そして撮影期間は通訳をする仕事でした。
実際撮影期間に入ってからは、変更しなくてはならないことが、沢山でてきた。例えば。闘牛体験のシーンで、当初の予定ではヘレス市内の闘牛場に牛を運ぶ予定だったのだが、2〜3日前に闘牛学校の校長先生から電話が入り、牛を運ぶのには、人手もいるし大変なので、牛のいるところまで来て撮影してほしい、そこには、市内にあるのと同じ闘牛場もある。こんな時、私は、そうか、そうだろうな、と思ってしまう。そして日本側のスタッフに報告すると…。大目玉を食らうのです。短期間での撮影での、変更は禁物。
このような、変更や、行ってみたら、条件が違った。など、今回の仕事は、あまりついていなかった。ついていなかった。だけでは済まない。私の仕事の責任を考えると、やはりどんな小さな変更にせよ、
ほんとうはあってはいけないのです。遠い日本からやってきて、一つの番組を作るという、結果を求めるプロフェッショナルな仕事に対して、私も、準備期間の段階に、プロフェッショナルとして、全てのことに変更が無いように仕上げておかなくてはいけなかったのです。
私は、今回、日本とスペインの間に入る役であり、日本側でも、スペイン側であってもいけない。その溝をなるべく埋めるのが仕事なのだ。それにしても、変更が多く、周りが見えなくなっている日本側の
スタッフに、それを伝える間は無かった。皆が、結果を求めるだけで、必死になってしまった。当然と言えば当然。変更があったのも私の責任なので、それを最小の範囲で押さえる様にする事だけで、精一杯だった。非常に力不足を感じた。
スペインと日本の大きな大きな違いを感じた。生活習慣、文化の違い。書いてしまえば簡単だけれど、思った以上に違いは大きい。特に、これが、相手の文化に触れる場合はことさらだ。通訳、コーディネートという仕事がとても難しいと、更に思った。一つの結果を求めてくる人々に対して、先ずは、準備を100%、120%で迎えなくてはいけない。その上で、日本とスペインの間の溝埋めに入れるというものだ。通訳だって、そのまま訳していたんじゃ、喧嘩になることだってある。意訳が必要な時もあるのだ。
嬉しかったシーンがある。一人のタレントさんが実際に闘牛にチャレンジしたことだ。危険なので、これは、やらなくても良い事になっていた。このタレントさんは、闘牛学校の生徒さんや先生の姿に打たれる物があったらしい。彼自身も音楽の道を歩む方です。これをやらないと、自分の一生の中で、何か重要なものを掴む機会を失う。と、コメントなさっていました。堂々と闘牛場に出て行き、何度か、習った技で牛をかわした。闘牛学校の先生方も彼の挑戦した意味を良く解っていらした。小さい頃から、闘牛だけを目標に生きている人々の土俵である、闘牛場に、違う国から来たミュージシャンに正闘牛士の衣装をまとって立つ事を、快く許してくれた。闘牛は精神でやるものだ。素晴らしい文化交流が出来た。と、嬉しいコメントを頂いた。
仕事が終わって5日間たっても、通訳をしている夢で目が覚める。次回の仕事は、きっともっと上手く出来る。
Sara Ayako Ishikawa
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