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勤めている会社を辞める事にした。
18年間長かったような・・短かったような・・思い起こせば感無量である。
辞めさせられたわけではない。飽くまで自分で辞めると決断して辞めるのであ
る。とはいえ、きっかけは、今流行の「早期希望退職優遇制度」と言う奴であ
る。
以前から我社と提携関係にあったアメリカ資本の同業他社に33.4%までの増
資を許し経営権を譲ったのが5年前。爾来、新たに送りこまれた英国人・米国人
の社長を中心に懸命の会社再建を行って来た新経営陣は、ついに今回、合理化の
為、工場の一つを閉鎖すると同時に、間接部門の大幅人減らしに踏み切ったのだ
った。30歳以上の間接部門人員全員1万人を対象に1800名を定員とした早
期希望退職者が募られた。受付期間は2月19日から3月5日までの2週間。退
職申請受付期間の途中であっても、先着順に定員1800名に達した時点で募集
は打ち切られる事になっていた。
早期希望退職優遇制度の目玉は、今回辞めれば、通常の退職金以外に、50歳以
上には年収3年分相当、40歳以上には年収2.5年分相当、30歳以上には年
収1.5年分相当の特別加算金が支給されるというものであった。年明けには、
30歳以上の間接部門従業員1万人全員に、会社から各自宛てに「通常退職金・
特別加算金の計算書」が配布された。
私は迷った。今、45歳。所謂「働き盛り」と世に呼ばれる年代である。娘達
は、13歳と12歳、少なくとも後10年は経済的にも面倒を見なければならな
い。生活するには充分な安定した収入と一部上場会社の海外駐在員という身分
(私はそんな「身分」なるもの一切自覚はしていなかったが、友人達は私はそう
いう恵まれた「身分」なのだと言い張った)を捨てて、新たな「道」にチャンレ
ジすべく会社を辞めるべきか。毎日、迷った。妻とも、毎日話し合った。試しに
娘達の意見も聞いてみた。残るべきか、辞めるべきか、毎日違う結論が出た。毎
日100%の確信を持ちながら異なる結論が出るのである。昨日は、100%確
信を持って「辞めるべき」と思った。しかし、今日は100%の確信で「残るべ
き」と思うのである。最後の最後の日まで迷った。
2月16日の金曜日、急遽日本行きを決めた。18日(日曜日)にフランクフル
トの会議に参加してから、月曜日ドイツを発ち、火曜日日本着、水曜日に退職申
請を出そうと考えたのだ。しかし、待てよ、と自分に問う。もしも、水曜日まで
1800人の定員一杯になったらどうするんだ。そこで、急遽、日曜日の会議参
加のキャンセルを決め、予約済みのフライトを変更した。土曜日ドイツ発、日曜
日日本着。こうすれば、月曜日には退職申請を出す事が出来る、善は急げ、であ
る。
日曜日、広島の両親宅に到着。月曜日の朝、日課になっているメールチェック。
「噂では、退職希望者1800人を超える勢いのようです・・・・」という
友人からのメールが目に飛び込んでくる。 頭から血が引く思いだった。
時、実に午前9:30。あと30分しかない。この際、次の職が決まっているか
どうかが問題ではない。今、辞めて新しい「道」にチャレンジしなければ一生後
悔する。午前9:40FAXで流された私の希望退職申請は同日(2月19日)
午前10:00付けで受理された。
ふたを開けてみると、2月19日10:00受付分のみで定員1800名を遥か
に超える2213名の申請が出されていた。退職募集受け付けは、即、締め切ら
れた。かくして、私は、2213名の早期希望退職者の一人と相成ることが出来
たわけである。
今の私のテーマは、「道」である。再び、会社勤めのサラリーマンの「道」を選
ぶか。はたまた、独立起業の「道」を選ぶか。また迷っている。未だ迷ってい
る。 迷いの結果、出来得れば最善の「道」を選びたい。とはいえ、最善の
「道」であったかどうか、自分自身にも誰にも判るものではない。 10年後、
2001年を顧みて少なくとも後悔だけはせぬとも良い「道」を選びたいもので
ある。そう思って、今、懸命に迷っている。
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