● サン・セバスティアン ●
パンプロナから一気に北上しバスク地方へ突入。スペイン語でもフランス語でもない個性を持つバスク語を公用語とするこの地方は、スペインとフランスの国境に面し両国の影響を強く受けながらもバスク地方独特の魅力を持ち合わせている。中でも一番の特徴は、ソースを料理の重要なポイントとして表現するところにあると言われている。主の素材とソースのバランスは味、香、色彩共に素晴らしく、食する者の五感を十分に満足させてくれる料理の質と芸術性は料理界でも近年急成長を遂げ注目を浴びている。
イサベル2世が避暑地に訪れたというサン・セバスティアンの町。ここに降り立つや否や潮の匂いに包まれる。町に出ると何故か目に留まる店がある。厚さ5センチはあるだろう物が数枚山積みで並べてあるのだが、座蒲団?まさか。豚の脂身?ハズレ。なんと答えはバカラオ(鱈)!遠い昔、運搬手段が十分でなかった頃、保存の為に塩漬けにされたバカラオがイベリア半島を縦断し、それは現在でもスペイン人家庭の大切な食材としてしっかりと根づいている。バカラオ・ア・ラ・ビスカイナ、プルサルダ、バカラオ・アル・ピルピル、スルクツナなどバカラオを使った料理が特に多いのだが、確かにこのバカラオ専門店の多さを見れば納得する。
さて、この親しみのある響きの”ピルピル”なのだが、作り方がまた面白い。たっぷりのオリーブオイルの中ににんにく、唐辛子と共に泳がせたバカラオの入ったカスエラを弱火にかけてゆっくりとクルクル回す。すると不思議なことにバカラオから次第にゼラチン質が溶け出しオリープオイルが白濁してくるのだ。何を隠そうこれこそがバスクを代表するソースの一つ”白いソース”なのである。
では他のソースの色は?となるのだが、ココチャス・エン・サルサ・ベルデを代表とするパセリをベースにした鮮やかな”緑”。トマトまたは赤ピーマンを使った”赤”。そしてチピロネス・エン・ス・ティンタの”黒”と来る。色鮮やか極まりなし。
チピロネスとは小ぶりのヤリイカである。初めて食べた時は子供の頃に不意に舐めてしまった墨汁の味を思い出し思わず構えてしまったのだが、これが案外あっさりしているのだ。添えに付けられたカリカリトーストにたっぷりソースを浸して食べるのがイイ。チャコリがあればもっとイイ。パンの代わりに白いご飯が付くことがあるのだが、聞けば日本に古くから伝わる久米島を中心とする沖縄料理にもイカ墨を使った料理が存在するらしい。かの有名なザピエルもロヨラもここバスク地方の出身である。当時、日西間で食文化の交流があったのでは!?と考えるだけで脳味噌がむずがゆくなってしまうのは私だけだろうか。
どの都市にも必ずと言って良いほどバール街があるのだが、この地のバール巡りがまた感動する。凄い!豪華!贅沢!ガラスケースに溢れんばかりに入った新鮮な魚介類。おまけにチャングロは殻を器に使ったグラタン風。「パステルがある」というのでてっきり甘い物だと思ったらカブラチョのテリーヌだとさ。全品味見の夢はとうてい果たせそうにもない。(こりゃもうまた来るしかないよ。きっと戻って来るよ!)と頼みもしないのに勝手にコンチャ湾に誓うのだった。
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