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![]() ● レオン、サラマンカ ● 遂に広大な大地カスティージャ・イ・レオン地方に突入する。近年に至るまで双方はカスティージャ・ラ・ビエハとレオンと区分されたように、類似しながらも互いの歴史と食文化の違いを今に伝えるものである。 地理的にガリシア地方、アストゥリアス地方、エストレマドゥラ地方、ポルトガルと隣接する旧レオン地方は食文化においても各地方に大きく影響され、その特色からレオン県、サモラ県そしてサラマンカ県の3県に大きく区分することができる。中でもガリシア地方の影響を強く受けるレオン県ではエンパナダやタコ料理もみられる。特に牛肉の生ハムともいえるセシナは、狂牛病の発生によりすっかり敬遠されがちなのが残念でたまらないが、日本で手に入るような超スパイシーで噛み締めるタイプのビーフ・ジャーキーとは全く違いとても味わいがある。 |
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レオン県を代表する食材にはトルチャ(鱒)が挙げられる。有数の清流に恵まれたこの土地で捕れるトルチャは質量共に定評があり、1961年には23万キログラムのトルチャが捕れたという記録が残っている。当然、トルチャ料理のバリエーションも多くボニャル地方にはこの魚を使ったタルタがあり、トルチャ・エン・アルシージャという釣り人達のお気に入り料理もある。鱒三昧も悪くない。 実は、この辺りに最近気になって仕方がないコシードが存在する。コシード・マラガトである。旧レオン王国の先住民であり、古くは北アフリカに定住したベルベル人の子孫であるとされるマラガテリア人は、アルフォンソ1世統治の頃にアストルガからレオンにまたがるこの地域に住み着いたようだ。かけ離れた文化を持つ集団である彼らを、19世紀に料理に関する紀行文を残したアレクサンドル・デュマは”独自の衣服、習慣を持ち合わせ、スペイン人とは決して結婚したりはしない。”と表現している。時を経て、これについては既に過去のものとなったのだが、文化を守り抜く彼らの姿勢がコシード・マラガトとして残っているのだという。 さて、このコシード・マラガトとやら、カスティージャ・イ・レオン地方に存在するその他のコシードと使用する食材は何ら変わりは無いのだが、その食べ方が非常に面白い。食べる順序が全く逆で、一皿目に肉類、二皿目に豆類・野菜類、そして最後にソパ(スープ)が出されるのだ。 この食べ方が広まった時代背景は独立戦争の頃にまで溯る。当時の戦法として食事中を狙い撃ちすることは多々ある。そこで、一皿目、二皿目と平らげる間にも容赦無くさし迫るフランス軍の攻撃に対し最大の警戒態勢をとる為の有効的な食べ方が考え出されたのだ。つまり、”スープからのんびりと平らげていては活力の素となる肉類を食べ損なってしまう。それならば先ず始めに肉類から胃袋へ詰め込めばよい。”という発想なのだ。確かにこの方法ならば食事の途中に攻撃されても、スープがパーになるだけである。とはいえ、本当はスープにはダシガラの肉以上に栄養があることを当時の彼らは知る由もなし・・・。 |
![]() (↑)コシード・マラガト[一皿目]
![]() (↑)コシード・マラガト[二皿目] ![]() (↑)コシード・マラガト[スープ] |
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いずれにせよ、ここでは決してトップに躍り出ることのないガルバンソ。実は何を隠そう大切な一役者なのである。主にコシードに入れられ多くの具の中の一つとなるのだが、サモラにおいてはついに大役を仰せつかる。バカラオ・アル・アホアリエロと並ぶ二大バカラオ料理の一つであるバカラオ・ア・ラ・トランカという料理のバカラオの重要なパートナーとなるのである。バカラオ・ア・ラ・トランカというのは、セマナ・サンタに食されるトロの名物精進料理の一つである。トロというのはサモラからおよそ33キロメートル東に位置し、良質のワインの産地としても有名な村である。 特にドゥエロ川南方のフエンテサウコで産出される種はその質の良さから人々に最も好まれている品種である。小粒で皮が薄くプロテインや繊維質を多く含有し、水に浸して放置した時のミネラル分の溶解度が非常に低いというガルバンソ界のいわばサラブレット。湿度が低く乾燥し石灰質の少ないことに加えて塩分含有量の極めて少ないという、ガルバンソにとって非常に適した土壌に因るものである。 ペルシャからカルタゴ人の手によってスペインにもたらされ、カルタゴ軍が大切な栄養源として重要視したガルバンソは、まずこのカスティージャの地に定着し、後になってアンダルシア地方、エストレマドゥラ地方に広まっていったのだという。16世紀には国王フェリペ2世の命によりその耕作は保護されるに至る。マドリードの宮廷にて販売され、カルロス3世統治の頃にはフエンテサウコのさる村ではガルバンソ・フェアーまで開催され各地からガルバンソを買い求めに訪れたというのだから、大ブレークである。たかがガルバンソされどガルバンソなのだ。その後もエストレマドゥラ地方のポタヘをはじめ、スペインの精進料理に欠かせない食材の一つとなったことは言うまでもない。 スペイン最古の大学都市、サラマンカは私の運命を変えた都市でもある。今でもクリスマスにはカードを交換する当時のホストファミリー。スペイン語は一向に上達しないにもかかわらず食べ物の話となると目を輝かせる私に、お父さんが教えてくれたサラマンカ名物、ギフエロ産の生ハム。 |
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そして、印象的だったのが”Chで始る食べ物は美味い”という説である。チャンファイナ(chanfaina)、チチャス(chichas)、チョチョス(chochos)。なかなかうまく考えたものだ。だがまだ続く、チョリソ(chorizo)、チュレタ(chuleta)、チョコラテ(chocolate)、チュロス(churros)。おいおい、挙げればよいというものではない。確かにこの辺りの名物には違いないが、こうなるともう好きな食べ物のリストアップのようなもの。チャンピニオン(champin~o'n)まで挙がってストップをかける。 カブリート・アサドも学生の身でありながら大枚をはたいて初めてレストランらしき場所で食べた料理である。もちろんアルムエルソ(昼食)は抜いて突撃する。厨房から香ばしい香りが漂ってくると、合図をしたようにお腹が唄い出す。空腹を騙していたワインも効き目を無くした頃にカマレロが高々と皿を掲げてやってきた。 もう一つ紹介したいものがある。その名もシウダー・ロドリゴのファリナトス。穀物粉を意味するスペイン語、アリナ(harina)という単語の古い語形はファリナ(farina)である。このことから、ファリナトスとは粉を使って焼いたような素朴なお菓子だろうと実は思っていたのだ。ところが、メリエンダ(おやつ)のつもりで頼んだらウエボ・フリートとともにやって来た。どうやら、トシノ、パン屑、玉ねぎ、アニスなどでつくる腸詰めの一種らしい。小麦粉も加えるというから、語源から想像したのはまんざら間違いでもなさそうである。 |
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| 写真提供: 清水理惠(トラベルジャーナリスト) ● 次の目的地 : セゴビア |
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| スペインの味に挑戦!今回のチャレンジレシピ | |
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【 今までの経路 】
マドリード マドリードとアランフェス、チンチョン トレド シウダー・レアル、アルバセテ テルエル、サラゴサ ログローニョ パンプロナ サン・セバスティアン ビルバオ サンタンデール ヒホン・オビエド サンティアゴ・デ・コンポステラ ア・コルーニャ、ビゴ レオン、サラマンカ |
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